ぱん、ぱん、ぱん。拳銃独特の乾いた音が、部屋中に響く。部屋、と言ってもここはただの部屋ではない ―― そう、ボンゴレ施設内に設けられた訓練場だ。 透の所属するボンゴレには、彼女のように拳銃を武器とする人間がほかにはいないため、この部屋はほぼ貸しきり状態になっている。 ごくまれに、「新兵器開発」のために獄寺隼人が出入りするくらいで、そのほかはまったくの無人。けれどもきょうは、普段と少しだけ様子が違った。 「敵情視察とは大胆だね、ユノさん」 「あら、そんなつもりはないわよ。ただ任務の帰りに寄っただけなのに、ずいぶんな言われようね」 「…相変わらずですね、ユノさん」 「あなたも、変わりなさそうで案したわ…透」 ドアを閉め、ユノと呼ばれた女性はゆっくりと透の傍へと近寄った。透は拳銃をホルダ−に仕舞い、ユノのほうを振り返った。 彼女に会うのは、ほんとうに久しぶりだった。以前何かの任務ではじめて顔を合わせて、それからヴァリア−訪問の際に数回話しただけだから、 実際は数えるほどしか会っていないのだけれども。透はふう、とため息を吐いてユノに「お久しぶり」と言った。彼女もまた「ええ」とだけ言って、透と同じようにベンチに腰掛けた。 「それより、きょうは何事なの?もしかしてヴァリアーで何かあったんじゃ…」 「ふふ、そんなんじゃないわよ。言ったでしょ?任務の帰りだって」 「そういえば…少し前にヴァリア−から連絡があったね…。今度の作戦のこと?」 「ええ。ついでに修行の成果を見て来いって、スクアーロが…」 「やっぱり敵情視察じゃない…」 「まぁ、そう言わないでやって。彼なりに心配してるのよ」 言われて、透は「そうかもしれないけど…」と口ごもった。今度の作戦には、ボンゴレの存続と並盛の未来がかかっている。本国も相当なダメ−ジを受けたと聞いた。 ヴァリア−も慎重になっている、というところだろうか。透はユノのほうを振り向いて「それよりも…、どうしてここに?誰に聞いたの?」と尋ねた。 ユノ訪問の次に気になっていたことは、それだ。ユノは意外そうに目を見開いたけれども、やがて「…山本に聞いたのよ。この時間なら訓練してるだろうからって」と話してくれた。 「そうなんだ…山本君が…」呟くようにそう言って、透は頬が赤くなるのを感じた。隠そうと首を振ったけれど、ユノにはすぐに気づかれてしまった。 「まだ伝えてないのね、透の気持ち」 「だ、って…みんな修行で忙しそうで…。それに、いまの彼は」 「分かってるわ。過去の人間…だものね」 「うん…だから、わたしのことも知らないはずなの。彼と出会ったのは…ほんの数年前の話だから」 「そうね…酷なことを言ってごめんなさい」 「う、ううん!ユノは久しぶりに会ったんだもの、無理もないよ」 「そう言うところも変わらないのね、透」 「ユノさん…?」 どうしてだろう。ほんの少しだけ、ユノの笑顔が寂しそうに見えた気がした。透はどうかしたのか尋ねてみようと思ったけれど ―― 出来なかった。 どうしてか、うまくは言えないけれど、その笑顔の理由を聞いたらしんみりしてしまいそうで、そうすることは出来なかった。透は時折ホルダ−に触れながら(癖みたいなものだ)、 次の言葉を捜した。ほんとうはもっと話したいことがたくさん、たくさんあったはずなのに ―― いざってなると言葉に出来ない。山本が任務に出るときに似てる、と透は思った。 「待ってるから」「無理しないでね」…言いたいことはいろいろあったのに言葉を全部飲み込んで「行ってらっしゃい」としか言えないの。そうして、あとになって自己嫌悪に陥る。どうして言えなかったんだろう、って。 「透、ひとつだけ言っておくわ」 「…なに?ユノさん」 「いまの彼を、失ってはだめよ」 「いまの…、過去の山本君を…?」 考え込んでしまった透に見かねたらしいユノは、不意にそう言ってしっかりと頷いた。どういう意味か、分からなかった。ただ「死なせてはだめ」というニュアンスとは、少し違うみたいだ。 「未来の彼を失っても、過去の彼が生きていればまた会えるでしょう」ユノはそう言って透を見据えた。確かに、そうだ。たとえ過去に行った山本に何かあったとしても、 過去の ―― いま現在こちらに来ている山本が生きていれば、遠い将来また会えることになる。だから、いまの彼を失ってはだめ、なのだ。 「ユノさん…ありがとう。みんな、並盛の未来のためにがんばってるんだん。わたしもしっかりしなくちゃ」 「まあ、みんなはただ過去に戻りたいだけだろうけど…、おのずとそう言う結果になるわね。それはそうと…やっと、透も元気になったみたいね。良かったわ」 「ユノさん、気づいてたんだ…」 「当たり前よ。訓練に集中出来てないのが丸分かりだったもの!おおかた山本君のことだろうって思ってたけど」 「うっ…ユノさんには適わないなあ…さすがだね」 「そ、そんなことないわよ。じゃあ、わたしそろそろ行くわね。訓練がんばって」 「もう行っちゃうの?」 「そんな顔しなくても、また会えるわよ。じゃあまたね」 「う、うん…。またね、ユノさん!」 ドアノブに手を伸ばした彼女は、一度こちらを振り返って微笑んだ。しばらくして、扉を閉める音が部屋中に響いたかと思うと、あとには静けさだけが残った。 このとき透は、何故だか不思議な感覚に陥った。さっきまでの出来事が、幻か夢であったかのような ―― そんな感覚だ。ユノは確かにここにいたのに、不思議だった。 透はあまり考えすぎないように、首を振って訓練を始めた。作戦の時は、間近に迫っていた。

夢からめる速度で
title by fjord