「ふわ−もうこんな時間なんだ」懐中時計をみつめて大きく背伸びをし、読みかけていた本を閉じた。 きょうは珍しく任務の予定もなく、教団の雑務(図書館の整理整頓)をしていたのだが、片付いたのを良いことにすっかり読書にのめり込んでしまっていたらしい。片づけ自体は終わっているから良いものの、終わっていなかったらコムイ室長に怒られてしまっていたかもしれない。それだけじゃない、こんな時間になってもなお働き続けているリ−バ−班長のことを思うと、読書にふけっていた自分がすこしばかり申し訳なく思った。 「 ホ−! 」 「 ウィン!ということは ――――――― ! 」 コレットは半ば乱暴に本を放り投げ、地下水路まで走った。焔がコレットと親交するようになってからというもの、どうしてだか主の帰還を教えてくれるようになった、彼女の相棒 ――――― ウィンという名前のフクロウ。息を切らせて地下水路に向かってみれば、驚いた顔の鳳凰焔の姿があった。「コレットちゃん!」「焔、さん!おかえりなさい…!」「―――――っ、ただいま!」舟を下りて間もなく、予告なく告げられた抱擁に驚きながらも、コレットはそのぬくもりに心底安堵を得た。傍らで探索部隊のひとが驚いた様子でコレットと焔をみやっていたが、そんな視線もいまではすっかり慣れっこだ。 「 きょうは?なにしてたんだ? 」 「 え?ずっと焔さんの帰りを待ってたよ? 」 「 そう言ってくれるのは嬉しいけど、冗談だろそれ−。教団の手伝い? 」 「 良く分かったね!そのとおりなんだけど、途中から読書にはまっちゃって… 」 「 はは、分かるよ。オレだってそういうときあるし ――――― 」 「 焔さん?どうし ――――― あ、 」 澄んだ瞳を歪めてみつめている視線の先に ――――― みつけた。焔さんの、大切なひと。 誰にだって特別なひとはいる。神田にだって、アレンにだって、ロウファにだって、リナリ−だって ――――― 焔に、だって。それなのに、それだけのことなのに、こんなにも胸の奥がちくりと痛いのは、どうしてだろう。不意に、隣から空腹音が聞こえて、我に返る。「あ…ゴメン」「構いません。わたしもお夜食いただこうと思ってたんです、良かったらいっしょにどうですか?」「ホント!?も−コレットちゃんだいすき!」「わっ」突然抱きしめられたと思うと、全身が瞬く間に熱を帯びていく。いったいどうしてしまったんだろう、このごろの自分は。そんなことを考えながら、焔と人気の少ない食堂で遅くなりすぎたディナ−の時間を楽しんだ。 「 それ、コムイにか? 」 「 うん。あとは科学班のみんなと、ジェリ−さんと、婦長さんと、 」 「 ――――― 貸して 」 「 えっでも焔さん、任務帰りなのにそんなこと 」 「 オレがしたいからそうするんだから、コレットちゃんはそんな顔しなくて良いのっ 」 「ありがとうございます!じゃあわたし、コムイさんとリナリ−のところ行って来ますね」「あ…うん…」すこし照れくさそうに大きなトレイを手にした焔を背に、コレットはひとり室長室をノックした。「はい」「リナリ?わたし、コレットだけど」「コレット!こんばんは。図書室掃除終わったの?」「うん、なんとかね。珈琲持って来たんだけど、コムイさんは」「みてのとおり」室内に招かれて、コムイのデスクをみてみれば、案の定いびきをかいて眠っている彼の姿に、コレットとリナリ−は顔を見合わせて笑った。 「 コレットちゃんおかえり。どうだった? 」 「 コムイさんは寝てました。リナリ−は起きてコムイさんの書類の整理をしてましたけど 」 「 ははっ相変わらずなんだなあ。こっちは終わったから ――――― ほら 」 人差し指の向こうには、珈琲を片手に仕事に没頭する科学班の面々と ――――― 。「リ−バ−さん?」「チョコに入ってたお酒が利いたみたいだ。ここんとこずっと寝てないみたいだったからさ」そう言って欠伸をする焔をみやり、コレットは蒼い瞳を眇めた。「焔さんも休んだらどうですか?あちらで」「えっでっでもあそこには班長が」「寝てるから分かんないよ。リ−バ−さん当分起きそうにないからそれまでに起きれば良いんじゃないかな?」「うっコレットちゃん楽しんでるだろ…」「そんなことありませんって。毛布取ってきますから ――――― おやすみなさい焔さん」「うう、おやすみ…」項垂れながらも身体は正直なもので、覚束ない足取りでリ−バ−が眠っているソファに向かう焔を見届け、そっと笑みを浮かべるコレット。 「 ハッピ−バレンタイン 」 コレットが毛布を持って談話室に戻ってくると、すっかり気持ち良さそうにリ−バ−の肩で寝息を立てている焔の姿があった。その様子にまた人知れず笑みを浮かべ、コレットはふたりに毛布をかけるとペンを手にした。「わたしからのバレンタインプレゼントです」 ――――― そんな一筆を残し、コレットはひとり自室に戻った。いまだけはただ、ふたりの心が安らかであるように ――――― そっと、願うばかりだった。 瞳を閉じたら幸福の毛布でおやすみ |