「 ―― ユキちゃん、明るくなったよね」
「ふぐ?」

きょう最初の任務を終えて少し遅めの昼食を食べていると、ちょうど任務帰りだったらしいカラ−が食堂にやって来て、テ−ブルにつくなり開口一番にそう言った。 手元には、ジェリ−さんに頼んだのだろうサンドイッチなどが並んでいて、有希乃が返事をして顔を上げるころには「いただきます」と嬉しそうに手を合わせていた。 有希乃はスプ−ンを置いて「おかえりなさい、カラ−」とだけ言い、もう一度彼女を見上げた。するとカラ−も食事の手をとめてニッコリと微笑んだ。

「ただいま!ユキちゃんも任務帰り?」
「そうだよ。ついさっき帰って来たところ」
「そうなんだ。いっつも行き違いになることが多いのに、珍しいね」
「そうだね。で、さっきの…どういう意味?」

食事を半分ほど終えたところでそう話を切り出し、カラ−を見やる。カラ−はというとまだほとんど食べ終えておらず、ひたすら食べ物を口に運んでいる。 食べるのに一生懸命、といった感じだ。有希乃は食事の邪魔をしたかな、と思い「食べてからで良いよ」と言うつもりだったけれど、それよりもカラ−のほうが早く言葉を発した。 ジュ−スといっしょに、食べ物がごくん、とのどを通り過ぎていく。カラ−はそれを確かめるようにしながら「そのまんまだよ」と言った。

「…そのまんま…?」
「うん!ユキちゃん、入団したばっかりのころはあんまり笑うこともなかったのに、
 近ごろは良く笑ってるところを見るからそう思ったの。良かったな〜って思ってたんだよ」
「良かった…?どうして?」
「ユキちゃんが笑顔になってくれたから、教団にいることがもっともっと嬉しくなったの」
「カラ−…」

胸の中が、ぽかぽかと暖かくなっていくような気持ちになった。ちょうど、柔らかな日差しの中で居眠りをしているような心地よさも感じた。 カラ−といると、いつもこんな気持ちになる。カラ−にそんな言葉をもらうと、心の中が軽くなる。もっともっと、優しくなれるような気がしてくる。 カラ−の屈託の無い笑顔がそうさせるのか、ほかに何かがあるのかは分からないけれど、カラ−といっしょにいると穏やかな気持ちで満たされる。それが不思議だった。

「わたしも、不思議なの。カラ−といると自然と笑顔になれる気がする。
 まえはどんなことがあっても笑うことなんてしなかったのに…きっと、カラ−のおかげだね」
「そんなことないよ!わたし、何もしてないし!」
「ううん、たくさん元気をもらったよ。だから、ちょっとずつだけど笑顔を取り戻せたんだと思う」

そう言って有希乃は微笑み、手元にあったティ−カップを持ち、アップルティをすすった。瞳を伏せて、入団したばかりの自分を思い出してみる。 イノセンスが発覚したらしい有希乃はわけも分からずアレンに連れられて、この教団に入ったのだが、その当時はほとんど記憶らしい記憶もなく、 分かっていたのは ―― 覚えていたのは自分のなまえと、常に付きまとっていた喪失感だけ。アレンやカラ−、教団のみんなと時間をすごしていくうち、 少しずつ記憶を取り戻していったのだけれど、笑顔だけは ―― 笑い方だけは、思い出すことは出来なかった。苦しくて、寂しくてどうしようもなかった。 そんなとき「こうすれば良いんだよ」って言っていつもそばにいてくれたのがカラ−だった。

「どしたの?ユキちゃん」
「ん?うん、ちょっとね、入団したばかりのころのことを思い出していたの」
「ほんとう、ずいぶん印象変わったって思うよ−。時々科学班のみんなも話してるもん」
「え…そんなに変わっちゃったのかな、わたし」
「変わったよ−。あ、もちろん良い意味でだよ?」
「うん…?そうなのかなあ」
「そうだよ−。笑顔でいられるのは、幸せな証拠なんだから」
「そうなの、かなあ…?」

有希乃がアップルティをすすりながらいまいち腑に落ちない、と顔をしかめていると、カラ−はずいっと身を乗り出すなり突然額にでこぴんをした(痛い!) 「か、カラ−?何するの?」有希乃が動揺したようにそう言うと、カラ−はしてやったり、と言わんばかりに満面の笑みを浮かべて「あんまり考え込むとはげちゃうよ!」なんていうジョ−クを言った。 有希乃はわずかに赤らんだ額をさすりながら「そうかもしれないけど…」と言葉をに濁らせた。おもしろくないのか、カラ−は「も−!」と頬を膨らませている。

「ご、ごめんなさい…?」
「あははは、謝ることでもないんだよ!ほんと、ユキちゃんておもしろいよね」
「そ、そっかな…?」
「そうそう。あ!神田だ!ユキちゃん、室長が呼んでるみたい」
「え、わたしだけ?」
「ん−ん、わたしも呼ばれてるっぽい。…任務かな?」
「…分かんない」

言って、残りの食事を流し込むようにして一気に食べ終える。今回はもしかしたら、カラ−といっしょなのかもしれない。もしほんとうにそうなら、カラ−との任務も久しぶりのことだ。 食事を終え、ふたり揃って食堂をあとにする。そう言えばライオン君の姿が見当たらないと思ってカラ−に尋ねてみると、散歩中らしい。いないならいないで、変な気分だった(だって、そばにいるのが当たり前みたいになってるし) 有希乃は少し離れて歩いていたミシェルに「おいで」と声をかけ、肩に乗せる。すぐさま、カラ−がミシェルの頭を撫でる。

「がんばろうね、カラ−」
「え?うん、そうだね。がんばりすぎない程度にがんばろうね!」
「あはは、カラ−らしいなあ…。行こう、コムイさんが待ってる」

カラ−がうん、と頷くのを確かめて、有希乃はミシェルの頭をぽんぽんとたたいた。痛かったのか一瞬鋭く「みゃ−」と鳴いたあと、そっぽを向いてしまった。 有希乃はくすりと微笑んで、室長の部屋をノックした。未来への一歩を踏み出すために ―― ここにいる大好きなみんなのあしたを掴むために。

光食

( TITLE BY : fjord * To Corino of Milele )