明け方の廊下を神田とみづかはゆっくり進んでいた。神田の背中では澄んだ青い瞳を閉じ、静かな寝息を立ててコレットが眠っている。歩く動作に合わせてふわふわと金色の髪が波打った。 三人の誕生日会として始まった宴は、どれだけ騒いだら気が済むのか、主役の抜けた今もまだ続いている。 「あんな騒がしい所でよく寝たなこいつ」 「多分ナナがお酒飲ませたせいじゃないかな」 「はあっ? あのバカ! ガキに何飲ませてんだ」 「……それに任務から戻ったばっかりで疲れてただろうしね」 いきり立つ神田に七蔵へのフォローを含めてみづかは言葉を続けた。 ああいう場所でたまに羽目を外すくらいの事があってもいいだろう。それに七蔵だって無闇に強い酒を勧めた訳ではなさそうだった。 いつまでも終わらない宴に水をささないようにしつつ、いい加減コレットを休ませようという彼なりの気遣いに思える。もし邪な意味が込められていると感じていたらみづかだって全力で止めに入った。 眠りでもしない限り、仮にも自分達の為のパーティーから途中で抜けるなんてコレットはしそうにない。お開きになるまで居て片付けを手伝って、彼女が休むのはきっとそれからだ。 「神田の中でコレットはいつまでも子供なの?」 「何だよ急に」 「さっきもだけど『ガキ』とか『ちび』とかよく言うでしょ? 同じ歳なのに。それって小さい頃から知ってるからその感覚のままなのかなあって」 この歳になってコレットと出会ったみづかには、同年代の仲間であって子供だという意識はない。 ――まあ、己を含め大人ではないかもしれないが。 「それとも子供でいて欲しいとか。コレットに恋人ができたら寂しい?」 「ばっ……誰が!」 「私は寂しいかも」 コレットの寄生型イノセンスは羽根の形をしている。その姿の為か天使と呼ぶ者も少なくない。加えていつも明るく元気で、暗くなりがちな周囲の空気を和ませてくれる。 今日の誕生日パーティーだって任務で遅くなってしまった彼女が顔を出す前と後とでは会場の雰囲気が全然違った。怪我を負って戻ったコレットを心配する声がそこかしこから聞こえ、笑顔でやって来た彼女を見て皆安心した。 愛らしくて器量よしとくれば想いを寄せる団員も当然いる訳で。 「――というか嫌? 誰かに女にされちゃうのが」 それで艶やかさが増して女性としてはより魅力的になるのだろうが。 「お前はコレットの保護者かよ。ま、当分大丈夫じゃねえのか。ガキだからな」 「うーん……そうかなあ……アレンとかラビとか。コレットが好きなら私がどうこう言えないってわかってるんだけど」 「モヤシは無ぇ。ラビはもっとダメだろ」 そう言った神田の顔は父親が娘に恋人を紹介された時の様なしかめっ面だ。いや、この場合は兄が妹にと例えるべきだろうか。 ふと今まで動かなかったコレットが「ん……」と小さな声を漏らして身じろぎをした。話し声で起こしてしまったかと神田とみづかは揃って押し黙る。しばらく様子を窺った所、幸い完全に彼女を眠りから覚ましてしまってはいなかったようで、長い睫に縁取られた目は閉じられたままだった。 みづかはほっと胸を撫で下ろす。 「……神田ぁ……みづかちゃん、だいすきー……」 「……ほんとガキだな」 「そんな事ないよ。神田もそう思ってるくせに。自分だって十分保護者みたいじゃない」 神田を見上げればうるさいと睨まれた。 頬に掛かるコレットの髪を整えたみづかはその安心しきった寝顔を見て微笑む。 目が覚めたら自室のベッドだった、なんてパーティー会場から部屋へ戻った記憶なんかある筈のない彼女はきっと驚くだろう。その光景を思い浮かべて置き手紙の一つでもしていこうかとみづかは考えていた。
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