ライル・ディランディが刹那・F・セイエイを殴りつけた。その話を聞いたときは、素直に驚いた。
彼がひとに手をあげるような人間に思えなかったからだけれど、アレルヤたちに聞いてあの出来事はほんとうなんだと認めるしかなかった。 いくら愛したひとが仲間に命を断たれようと、さすがにやりすぎなんじゃないか・と思ったけれど、そんな簡単な理屈じゃないんだ、きっと。 ミシェル自身、そういうひとを失ったことがないから大それたことは言えないが、誰かが死んでしまうと言うのは、ほんとうに寂しいことだ。悲しいことだ。


「ベルリオ、オストワ−ドさん」
「…っあなたは…ミシェル・クラウンさん?」
「泣いて、いらっしゃったんですか…?」


ベルリオ・オストワ−ドさんは、CBにいる整備士さんだ。確かロックオン・ストラトスとおんなじアイルランドの出身で、お兄さんのほうの、彼女さん。 もっともいま現在で知っている彼女の情報は、すべて刹那やほかのみんなに聞いたものがほとんどで、自分自身はそれほど彼女のことを知らない。 いつも敬語で話していて、とても穏やかな物腰のお嬢さんだな・て思っていたから、いつかはこんなふうに話してみたいと思っていたけれど、 まさかこんな場面で話をすることになるなんて、夢にも思ってみなかった。もっとも、ライル同様刹那の怪我の具合も気になっていたところだったから、 必然的にそんな機会を得られた・ということになったんだろう。そんなことよりも、彼女の様子が気になって仕方ないミシェルはほんの少し瞳を眇めて、言った。


「お忙しいところ、申し訳ないんですが…いま、お時間大丈夫ですか?」
「え?…はい、少しくらいなら」
「良かった!わたし、ずっとまえからベルリオさんとおはなししてみたかったんです。こんなときに…不謹慎だとは思いますけれどね」


ベルリオさんが整備をするからというので、ミシェルは話をする間つき合わせてもらうことにした。そう言えば、非常時以外で格納庫に入るのは二回目だ、と過去に思いを馳せた。 はじめて格納庫に入ったのは、わたしが刹那やみんなにわがままを言ったとき。宇宙から見える地球を見てみたい・ってお願いしたときだった。刹那はやっぱり渋っていたけれど、 頑なに引き下がろうとしないミシェルを見かねて、ガンダムに乗せてくれたんだ。もちろん、ガンダムに乗ったのはあのときがはじめてで、ちゃんとみんなの機体を見るのは、今回がはじめてだ。


「ベルリオさん、とお呼びしても良いですか?」
「え、はい…どうぞ?」
「ありがとうございます。わたしのことも、ミシェルって呼んでくださいな」
「…分かりました」
「ベルリオさんは、どなたかのガンダムに乗ったことがあるんですか?」
「え、はい…。 いまはロックオンが乗っていますが、あの機体…」


ベルリオさんが指差したのは、ロックオンが乗っているケルディムという名前のガンダム。「正確には、あの機体の前世代の機体、なんですけど」ベルリオさんはそう言って、ほんのちょっと寂しそうに微笑んだ。 あの機体は、デュナメスの後継機。きっと、お兄さんのことを思い出したりしているんだろうと思うと、ミシェルはなんだかやりきれなくなった。「すみません…わたし。何を言っても、ベルリオさんに寂しい思いをさせてばかりですね」ミシェルはそう言って、 肩を落とした。「そ、そんなことないです! ガンダムの開発関係者の娘さんとお話出来るなんて、嬉しいですよっ」ベルリオさんは、可愛らしくも両手をぶんぶんしながら否定してくれる。だけれども、ミシェルはふるふると首を振った。 「わたし、自分が歯がゆいです。 どうしてもっと早くに、ガンダムは ―― 戦闘兵器はひとを悲しませるだけだって、父様に言い聞かせなかったのか…。 そうすればきっと、ロックオンが恋人を失うことも、ベルリオさんが悲しむこともなかったのに…」ミシェルには最早、ため息しか出せなかった。


「ミシェルさん… でも、それで守られたものもあるはずです。決して多いとは、言えないかもしれないけれど、」
「ベルリオさん?」
「ニ−ルがわたしたちを守ってくれたから、いまのわたしがあるんです」
「ベルリオさん…。 ありがとう、ごめんなさい…わたし、なんだか逆に励まされちゃいましたね」
「え…?」
「ほんとうは、あのとき…あなたの顔が泣いているように見えて、なんだか放っておけなかったんです」
「だから、ここまでついて来てくださったんですか…?」


ミシェルはほんのちょっと困ったふうに微笑んで、こくんと頷いた。そして、パソコンを片手に整備をしていたベルリオさんに手招きをすると、彼女は首をかしげながらもパソコンを置いて、ふわりとミシェルのところに降り立った。 「よく、がんばりましたね」ベルリオさんをそっと抱き寄せるようにして、ミシェルはただひと言、そう言った。それからぽんぽんと、ベルリオさんの頭を撫でる。「ミ、ミシェルさん?」ベルリオさんの困惑した声が聞こえて、 それもなんだか可愛らしいだなんて思ってしまったミシェルは、ずいぶん彼女のことが気に入ってしまったんだな・と苦笑する。もちろん男女のそれではなくて、友達になりたいとか、そう言った感情の類いだ。 こんなことを知られたら、きっとお兄さんが黙っていないかもしれませんね、と胸中で呟いて、「何事も、無理はいけません。 ベルリオさんには、笑顔がいちばんですよ」と言って、彼女を放した。ほんの少し、ベルリオさんの瞳に涙が光っていたような気がした。


「ありがとうございます、ミシェルさん」
「わたしのほうこそ、お時間くださってありがとうございました。また、お会いしましょう」


「ええ、きっと」ベルリオさんがそう言って微笑んだのを見届けてから、ミシェルはとん、と地面を蹴った。すぐに無重力が生じて、体がふわふわと浮かぶ。 小さいころは、幸せと言うのはこんな感覚なんだ・って思っていた。だけれど、現実はぜんぜんそんなんじゃなかった。知らなかった、なんてただの言い訳にすぎない。 これからはもっと、がんばらなくちゃ。プレトマイオスのクル−たちが、ガンダムのマイスタ−たちが、辛い思いをしなくて良いように。ベルリオさんが、いまよりももっと笑顔でいてくれるように。 誰かが悲しむのを見るのは、誰かがいなくなるのは、もう嫌だ。ほんとうに、ほんとうに、そう思ったの。


真夜中のクロール
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