「あら?あの方は…」プレトマイオスの延々と続く廊下を歩いていると、ずっとずっと先のほうをちょこちょこと歩く小さな後ろ姿を見つけた。 あの後ろ姿には、以前から見覚えがあった。いつも、刹那と手をつないでいっしょに歩いていた可愛らしい女の子。フェルトにも聞いたことがあった。 確か、戦況オペレ-タ-と聞いていたが、あまり話したこともなかったためすでに定かではなくなっている。ミシェルは意を決して、そのちいさな背中に声をかけた。


「あの…、すみません」
「…、はい?」


少女はそう言って、ほんの少し後ずさりをするように振り返った。やっぱり、フェルトに聞いていたとおりだ・とミシェルは思った。だからミシェルは少し背をかがめるようにして、言った。 「シェリル・ガ-ナ- さん?」刹那に聞いていた名前を口にすると、彼女はほんの少し目を見開いて「どうして、」と言った。ミシェルはふわりと微笑んで「刹那やみんなに聞いたんです。ソレスタル・ビ-イングに、 とっても可愛らしい女の子がいるって」と言って、手を差し伸べた。「わたくし、ミシェル・クラウンと言います。…もっとも、名前くらいは聞いているかもしれませんけれどね」そう言って、ちいさな少女と目をあわせた。


「ミシェル…? はじめて 話した…」
「ふふ、そうですわね。わたくしも、記憶する限りでははじめての気がします」
「ハロ…? 珍しい 色」


あいさつも手短に、シェリルはふとミシェルのそばにいたハロを見下ろした。「刹那 のハロと…アレルヤのハロは 良く、見てたから。でも」と言って、ネイビ-色のハロを抱きかかえた。 ピンクとオレンジのハロのことだろうと思ったミシェルは 「そうですか」 と言ってふわりと微笑んだ。それにしても、ほんとうに可愛らしい子だ。こんな子が刹那のそばにいたのなら、 どうしてもっと早く話をする機会を得られなかったのか・といまさらになってすごく後悔する。だけれど、まあ結果的にこうしてお話をすることが出来たのだから良いか・と思い直して、ほんのちょっとあたりを見回してみる。


「あら?きょうは、いつもお隣を歩いている方の姿が見当たりませんが…」
「刹那 は…いま、お仕事で…空を飛んでる、の」
「空を…? では、戦闘に?」


戦闘をしている・という意味だと捉えたミシェルは、そんなふうにシェリルに尋ねた。すると彼女はしょんぼりしたふうに肩を落として こくん と頷いた。 刹那がいなくて、寂しくて仕方ないんだろう。ミシェルはなんだか申し訳なく思えて「すみません、シェリル。また…寂しい思いをさせてしまいましたね」と言って瞳を眇めた。 そうしたらシェリルは気丈にも「ううん… ミシェルのせいじゃ ないから」平気、と付け加えて、笑みを浮かべた。きっと、今回はじめてこんな経験をしている・というわけではないんだろう。 刹那が戦闘に出るたび、不安で、寂しくて、怖くて。刹那のことをずっと思いながら、彼の帰りを待っているのだと思うと、なんだかミシェルのほうまで胸が締め付けられるような気持ちになった。


「刹那は、いけないひと ですね」
「え? どうして、」
「だって。こんなにも思っていてくれている方を、不安にさせてしまうなんて… いけないひと です」


「ミシェル… 泣いてる の?」不意に、シェリルがミシェルの顔を覗き込むような仕草を見せて、心配そうにしている。その様子がとても可愛らしくて、ミシェルは「いいえ、そんなんじゃありません、シェリル」と言って笑みを浮かべた。 ちょうど、ちょっとまえにシェリルがして見せたように。すると今度はシェリルが「さっきのわたしとおんなじだね」と言うので、ミシェルは「ほんとうですわね」と言って顔をあげた。 「だから」ミシェルは呟くようにそう言って、心を決めた。「シェリル。もう心配は、いりません」そう言って、小指を突き立てる。


「刹那は、必ず。わたくしが責任を持って、連れて帰ります。だから…シェリル、」
「…はい、?」
「あなたは、笑っていてください。笑顔で、刹那を迎えてあげてください」


「約束ですわよ」ミシェルは力強くそう言って、シェリルがこくんと頷いたのを確かめたあと、彼女のちいさな小指を自分のそれを絡めた。「ミシェルも ね」不意に、そんなちいさな声が聞こえて、ミシェルは一瞬、目を瞬いた。 だけれど、やがてふんわりと笑みを浮かべて「ご心配には及びません。ですけれど…ありがとうございます、シェリル」と話し、頷いてから彼女に背を向けた。あんなにも一途で、心の優しい女の子。ミシェルはそんな少女の心が、 ひだまりに照らされた庭のように穏やかであることを祈りながら、シャトルに乗り込んだ。向かうのは、彼女の思うひとがいる場所。わたしたちの希望を抱えた、ひとつの光。



歌うように笑って

わたしの願いは、それだけなんです

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