「エヴァさん、リンネちゃんどこにいるか知りませんか?」  任務から戻ったばかりのコレットは、医務室にいたリンネちゃんの母親・エヴァさんにそう尋ねてみた。 母親の彼女ならきっと、リンネちゃんのいそうな場所を知っているかもしれない・という思いからだけれど、エヴァさんの口からは  「ごめんなさいねコレットちゃん、リンネちゃんいまコムイさんに貸しきられてるのよ」  と言う言葉が返ってきた。 なんとなく嫌な予感がして、コレットは念のため  「あの、どうして…?」  と尋ねてみると、案の定  「コムイさんからの誕生日プレゼントなんですって。いまならきっと、書庫にいると思うわ」  と言う答えと苦笑いが返り、コレットは仕方ないなあコムイさんは・と呟いて、医務室をあとにした。 ヘプラスカにイノセンスを届けて、こっそりとリンネちゃんがいるであろう書庫を訪ねてみるとそこにはやはり彼女がおり、  「終わるわけないじゃんこんなの−!」  や  「きゃ−!」  と言った元気な声(※悲鳴?)が聞こえる。 状況を見る限り、どうやら前途多難のようだ。コレットは本の山を踏み崩さないようにしながらリンネちゃんのもとに近づき、  「リンネちゃん、ただいま!大丈夫?」  と声をかけた。  「コレットちゃん!?おかえり!大丈夫、って言いたいとこなんだけど、」  声は元気そうだけれど、状況が状況なだけに素直に喜べないのは 複雑だなあ・なんて思いながら、コレットは  「大変そうだね、手伝おうか?」  と言ってリンネちゃんを探すため本の山を掻き分ける。ほんとうに、片付けくらいすれば良いのに… 男のひとって、みんなこうなのかしら。  「ほんとう?って、あ!いたいた、コレットちゃ−ん!」  数分後、ようやく泣きそうになっていたリンネちゃんを見つけ、 手を振る。その直後、リンネちゃんは本の山をうまく飛び越え、コレットに飛びついた。コレットはよろめきながらもどうにかリンネちゃんを抱きかかえ、「お疲れ様」と言って頭を撫でた。  「お疲れ様はコレットちゃんのほうだよ!任務、大変だったんでしょ?」  リンネちゃんはそう言ってコレットから離れ、首をかしげた。 その様子がとても可愛らしくて、もう一度抱きしめたくなったけれど、コレットはふわりと微笑んで  「大丈夫だよ、いつもどおりだったし…」  と言った。だけれどリンネちゃんはほんの少し眉間にしわを寄せて  「うそ!コレットちゃん怪我したって、ママ言ってたもん。大変な任務だったんでしょ?」  と言って人差し指をコレットに向けた。良い子はひとに向けて指を刺しちゃいけませんよ(苦笑)。 確かに、怪我はした。怪我と言っても、致命的なものじゃなく、ほんとうにかすり傷程度だったんだけれど、それにしたってどうしてつい先ほど帰ってきたばかりの人間の、怪我の具合が分かるというのか。コレットがそう思案しながら、リンネちゃんを見ていると、 見かねたらしい彼女が  「言ったでしょ?さっきママに聞いたの。かすり傷だって、甘く見たら大変なんだから!」  と言った。…なるほど、そういうことだったのか。コレットはくすりと微笑んで  「ごめんね、分かった。気をつけるよ、リンネちゃん」  と言って彼女の頭をぽんぽんとたたいた。 しばらく子供扱いする…と頬を膨らませていたリンネちゃんだったけれど、まあ良いや、と思うことにしたらしく、  「手伝ってくれるって、ほんとう?」  とまたひとつ、首をかしげた。だからコレットは頷いて  「もちろん。だって、これが終わらないとパ−ティ、出来そうにないんでしょう?」  と言った。きょういちばんの問題は、そこだった。きょうのパ−ティは、リンネちゃんがいちばん楽しみにしていたコレット発のプランだ。 それを知っていて、書類整理を頼んだというのなら、コムイもほんとうに人が悪い・と心底そう思う。コムイさんには、あとでたっぷりお仕置きしておかなくては・と心に決め、コレットは  「手伝うよ。パーティの準備はエヴァさんたちに頼んであるし、ふたりでやれば夜までには終わるでしょう」  と言って、イノセンスを発動した。すると案の定  「な、なにしてるの?」  と言う、リンネちゃんの驚きに満ちた声が聞こえて、 コレットはくすくすと笑いながら  「こうすれば、高いところも平気でしょう?高いところはわたしに任せて、…ね?」  と手を休めることなくそういった。リンネちゃんはなるほど・と納得したのか何度か頷いたあと  「ありがとう、コレットちゃん」  と言って彼女もまた手を動かし始めた。そうして、どうにか半日の間に片づけを終えて、 コレットとリンネのふたりはコムイへの報告も手短に、エヴァさんたちの待つ自室へと急いだ。  「リンネ、お誕生日おめでと−!」  そんな、エヴァさんとユ−リさんの声に出迎えられ、コレットもまたリンネちゃんのそばで任務のときに買ったクラッカ−を割った。ぱんぱん!と空気の割れるような音がしたあと、  「行こう?リンネちゃん」  と呆然としていたリンネちゃんを部屋の中に押し込む。  「ケ−キ、大きい…」   リンネちゃんの第一声がそれだとは思ってもみなかったコレットは、くすくすと楽しそうに笑みを浮かべながら  「エヴァさんといっしょに作ったの。エヴァさんが今年はひとり多いから・って大きめにしてくれたんだけど」  そんなに驚かれるとは思ってもみなかったわ、とエヴァさんが代弁して、リンネちゃんの隣に腰掛ける。  「なにからなにまで手伝ってもらって、ごめんなさいね」  エヴァさんがそう言って、コレットのカップに紅茶を注いでくれる。 コレットは  「わたしがしたくてしたことですから、気にしないでください。リンネちゃん、誕生日おめでとう」  と言って、リンネちゃんのほうに目を向ける。リンネちゃんはというと笑みを浮かべて  「うん、ありがとうコレットちゃん。それでね、あの…」  と言葉をにごらせる彼女に、首をかしげるコレット。  「プレゼントなら、あるよ?」  コレットはそう言って、懐から手作りのお菓子が入った包みをリンネちゃんに手渡す。 開けてみて?と言うと、リンネちゃんは嬉しそうにうなずいて、  「マカロン…?可愛い…!」 「みんなで食べるならこれくらいが良いかなって思ったの」  コレットの説明を聞きながら、マカロンをひとつ口に運ぶ。しばらくおいしそうにマカロンを食べていたリンネちゃんだったけれど、コレットのもとにゴ−レムが飛んでくると、少しずつ笑顔も見えなくなった。 コレットは申し訳なく思いながらも任務伝達を受け、パ−ティの席を立つ。  「あら、任務?」  状況をいち早く察知したらしいエヴァさんが、心配そうにコレットの様子を伺う。  「はい…、折角楽しい席だったのに、すみません…」  コレットがそう頭を下げると、今度はユ−リさんが立ち上がって  「とんでもない!俺たちのほうこそ、こんな楽しい時間を提供してもらって…なんていうか、ありがとうなコレットちゃん」  そう言って、笑顔を見せてくれた。 エヴァさんやリンネちゃんのほうを振り返ってみれば、ふたりはもういつもの笑顔を浮かべていて、コレットは良かった・と安堵した。これなら、何も物思いを残さずに、任務に向かうことが出来る。もしかしたらそれを理解したうえで、あんなふうに言ってくれたのかもしれないけれど。だからこそ、わたしはこの<ホ−ム>を守りたいと思うようになったのだから。  「ありがとう…みんな。行ってきます」  そう告げて、ドアノブを捻る。名残惜しさから、どうしても振り返ってしまう。 だけれどこの家族は笑顔を絶やさずに、見送ってくれる。  「行ってらっしゃい、コレットちゃん!きょうはありがとっ」  リンネちゃんの言葉に頷いて、部屋を出た。大丈夫。目を閉じれば、笑顔のままのみんながいる ―― また、会える。

しあわせが通り過ぎたあと
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