みんなが ―――― 無事に ―――― 戻って来ますように ――――― それがわたしの、ただひとつの願いだった。たった、ひとつの願いだった、のに。”破面および藍染惣介との交戦により十番隊隊長、日番谷冬獅郎並びに五番隊副隊長、雛森桃が瀕死の重体の模様 ―――― ”そんな第一報が四番隊隊舎で帰還を待っていたの耳に飛び込んで来たのは、うららかな冬晴れの午後のことだった。「そん、な」<四番隊三席、。聞こえるか>「山本総隊、ちょう、」<今回主も救護班として現地に赴くよう決定が下されておったが…代わりの者を向かわせよう>ドクンドクン、高ぶる鼓動が鼓膜を塞いで、総隊長の言葉がうまく聞き取れない。いや、聴きとれている。頭が会話について行かないのだ。ほかのものを向かわせる、と言うのは総隊長の配慮だ。それは分かる。だけどもその言葉に甘えて自分の任を覆すことなど、いまの自分に出来るはずもなかった。 「 待ってください、山本総隊長 」 < ?どうした、無理をするでない > 「 無理はしていません。それに…きっと、これが最後かもしれないのなら、 ”最期”に立ち会えないことのほうが…生涯、悔いの残ることだと思います。お気遣い、ありがとうございます総隊長 」 < うむ…そうか、それもそうだな。、これだけは言っておく > 「 ―――― なんでしょうか 」 現世への扉を開いて、断界を飛ぶように奔る。瞬歩よりも早く、風よりも、なにものよりも早く。「隊長っ…!」ザン ―――― 飛び込むように、現世に入った。なおも交戦を続けている、死神代行の黒埼一護と藍染。各地で轟音と衝撃波が交錯する中、崩れていくそのひとの姿を見つけた。「日番谷隊長っ!雛森さん!」「、下がっていなさい」「卯ノ花、隊長…」「あなたは雛森副隊長の治療を。彼はわたしと勇音で引き受けます」「でも…でもわたしっ」「あなたの気持ちはお察しします。ですがいま雛森副隊長を救えねば、いずれにしても彼は…報われません」卯ノ花隊長は伏し目がちにそう言って、瞬歩で日番谷隊長のところへ向かった。「どうして、わたしがこのひとを…っ」その理由は、もちろん分かっていた。卯ノ花隊長の言っていたとおりだ。このひとがこのまま死んでしまえば、あのひとがとても悲しむ。とてもとても、傷つく。そんな姿は、見たくなかった。重症の傷を見るよりも、遥かに。だから。だから自分は、卯ノ花隊長の言うとおり、雛森副隊長を治さなければならない。ぐずぐずしている間にも出血はひどくなっていくし、藍染がいつ攻撃してくるかも分からない。 「 …さん…?わたしなんかより…日番谷くん、を… 」 「 あなたが死んだら、日番谷隊長が悲しみます。 あのひとのそんな顔は見たくありません…だから、わたしのすべての力を持って、あなたを助けます 」 「 強情…なんだね…ほんとうはすごく、嫌なんでしょう…?わたしを助けたら、日番谷くんは一生振り向いてくれないかもしれないのに 」 「 黙っていてください。傷に触ります 」 ここから先は、あのひとのことを頭の中から振り払わなくてはならない。集中力と精神力が、このひとを救うすべての鍵になるのだ。は深く深く、深呼吸をして手をかざした。結界を張りながらの治療はなかなか疲労を伴うものだが、短時間なら大丈夫な筈だ。そのための訓練も積んでいる。先ほどまでけたたましく鼓膜を震わせていた轟音や剣戟が消えて、はすうっと瞳を開いた。ひどい ――――― ひどい、傷だ。時間がかかることは目に見えて明らかだった。ひょっとしたら、間に合わないかもしれない。だけども、それでも ―――― 総隊長に言われた言葉を思い出して、無我夢中で治療に専念した。”可能性を捨てるな”。去り際に聴いた、総隊長の言葉。彼はあえて、”希望を持て”とは言わなかった。それはおそらく、この戦いにおいてそれは難しいことだと分かっていてこその、総隊長の考慮だ。だからこそ、自分もあらゆる可能性を捨ててはいけない。みんな、みんな、がんばっている。守りたいものを守るために、がんばっている。自分もまた、愛する人の笑顔を守るために、がんばらなければならない。の精神状態は、いまや極限状態と言って良かった。薄れて行く意識の中、あのひとの影を見た。「ありがとう」そう言って、はにかむように笑ったあのひとの笑顔が、脳裏に張り付いて離れない。 「 ――――― さん!卯ノ花隊長、さんが! 」 「 雛森副隊長…息を吹き返したのですね。良かった…勇音、あとは頼みます 」 「 ――――― はいっ… 」 「呼吸が荒い…さん、ずいぶん無茶をしましたね…」「あのあの、わたし…っ」「大丈夫、すこし休めば眼を覚まします。わたしは日番谷隊長の処置に戻りますので、彼女をお願いしますね」「あ…はい…」ふわりとほほ笑んで、に背を向けてまたもと来た道を戻っていく卯ノ花隊長の背中を見送り、雛森は深い眠りについているを見下ろした。「さん…ありがとう…」呟くようにそう言って、羽織をに賭けてやる。遥か上空を仰いでみれば、轟く轟音と衝撃音、そして藍染と黒埼一護と言う少年の剣戟。どうしてこんなことになってしまったんだろう、と不意に思う。あんなに平和だった世界 ――――― そして崩れる平穏。あんなにも慕ったひとの、陰謀。そして傷を負った大切なひとたち ――――― 強力な精神を疲労してしまった人、その代償に救われた命。決して届くことのない思い ―――― 。 「 ―――― 雛森 」 「 ―――― 日番谷、くん。もう良いの? 」 「 ああ。それもこれも、駆けつけてくれたと夜を徹して治療をしてくれた卯ノ花隊長たちのおかげだ 」 「 そっか…良かった。ここは? 」 「 護艇十三隊らしい。虎徹副隊長たちが運んでくれたみたいだ…いまだに目覚めない、もいっしょにな 」 「 全部、知ってるみたいだね… 」 「 ああ…全部、虎徹副隊長に聴いた。卯ノ花隊長はまだ、現地だそうだ…虎徹副隊長はが目覚めたら戻るんだと 」 「 ――――― そう 」 「いっしょに、いるか?」「え…?でもそれじゃあ、さんに悪いよ」「馬鹿、なんのためにはこうなること分かってておまえを直したと思ってんだよ」「馬鹿って言った−!確かにシロちゃんよりは頭悪いかもしれないけどねっ」「静かにしろよ、まだ寝てんだぞ」「あっ…うん」頭上でふたりのそんなやりとりが交わされているとも知らずに、はいまだ深い深い眠りの中にいた。そうして、が深い眠りについて、五日が過ぎたころだった。「起きないね…」「ああ…俺たちを助けて自分はなんて、勘弁だぞ…」「日番谷くん…大丈夫だよ!最初のころよりは呼吸も安定して来たって虎徹副隊長も言ってたし!」「そうかもしんね−けどさ−」「”可能性を捨てるな”」「は?」「さんが寝言で言ってた言葉だよ。総隊長に言われてたみたいだね…その言葉を信じて、さんはわたしを直してくれたんだよ。だから日番谷くんもさんを信じてあげて!」「雛森…ああ、そうだな。信じて待つしかないんだな…」いまにも消え入りそうな声で呟いて、日番谷はまた雛森といっしょにを見下ろした。そして。 「 あれっ…ここ、は…現世じゃ、ない…? 」 「 んっ… 」 「 日…日番谷、隊長っ!?どうしてここで寝て…雛森副隊長まで…っ!なにこれどういうこと? 」 「 ん−ふわ−寝ちゃった。わあっさんっ! 起きてたんだねっごめんなさいっ看病する人間が寝ちゃって…日番谷くんっ起きて!さんが気付いたよっ 」 「 騒がしいな雛森は…うおっ!吃驚すんじゃねぇかんな至近距離でよ− 」 「へへ−さん作戦大成功だね!」「ふふっはい。日番谷隊長の寝起き顔、しっかり覚えました」「おまえらなあ…」「おおっと!それじゃあわたしはこのことを虎徹副隊長に知らせてくるねっ!あとはよろしく−」「ハァ?雛森おまえなに言って…?」「良かった…っ!日番谷隊長…ほんとうに、良かった…!」「わあっいきなり飛びつくんじゃね−テメェ!」突然の出来事に困惑するあまり、思わずバランスを崩しそうになった日番谷だったが、近くにあった壁にもたれかかって、どうにか態勢を立て直した。「たく、仕方ねぇなあ」その声はいつもの怒気に満ちた声色ではなく、どこか優しい声色だったことに、は気付かないままだった。「ありがとうな、」「え…」「俺、ひどいことをして雛森を傷つけた…二度も。けど、のおかげで救われた」「そんな!わたしはなにも…!ただこれ以上…大切なひとを失いたくなかった…それだけです。現世のみんなも、そのひとのためにがんばっています」「ああ、分かってる。今度こそ、間違えたりしない…誰かの思いを、無駄にはしない」「日番谷隊長…」「俺はおまえに救われた、だから今度はお前を守るために戦う」「早速、間違えてるじゃないですか隊長」ふふっと、空気を震わせてが笑う。アァ?とどこか怪訝そうに眉間にしわを寄せるその姿は、も見慣れた、だいすきなひとの姿だ。 「 分かってないですね、日番谷隊長は 」 「 あ?だからさっきから、何が分かってないんだ。さっさとしろ、俺はすぐ戻らなきゃならね−んだよ 」 「 わたしは、あなたがそこにいてくれたら、それだけでハッピ−エンドなんです 」 「 それじゃあおまえ、まるで怪我してても俺は俺だって言ってんのと同じじゃね−か 」 「 そうですね、平たく言えばそう言うことになります 」 「 あっさり言うな!もう知らん、俺は行く! 」 「 ふふっ…はいはい、ご武運を 」 「 おまえなあ、それを言うならもうすこし感情を込めたらどうだ。軽く傷つくぞ 」 「 あら、そのわりにはお顔は嬉しそうですけれど? 」 「まったく…お前言うようになったなあ。これも後遺症かあ?」「そうかもしれませんね。日番谷隊長がいなくなったらもとに戻ってるかも」「あ−あ−そうかい。そのほうが良いかもしんねぇな…って違うだろ」「え?」ため息交じりに振り返った日番谷は、の頬に額れるだけの口づけをして、が日番谷の表情をうかがう前にさっさと背を向けて、言った。「帰ったら、お前に言いたいことがある…忘れるな」「はい。わたしはいつでも、日番谷隊長のお帰りをお待ちしてます」の言葉を聞き届けて、日番谷は素早く地面を蹴った ―――― 瞬歩だ。「日番谷くん、行こう…って、あれ?日番谷くんは?」「行かれてしまいましたよ、つい先ほどおひとりで」「え−!もうひとが報告してる間に−っ良いもん、虎徹副隊長と行くからっ!じゃあねさん、ほんとにありがと」「はい。お気をつけて」うん、そんなふうに雛森は頷いて、先ほどの日番谷とおなじように地面を蹴り上げた。誰もいなくなった四番隊の隊舎を眺めて、は大きく背伸びをした。<、無事でなにより。大義であった、いましばらく休まれよ。いずれ出陣せねばならんからの>舞い込んだ地獄蝶がそう言って、は「はい、山本総隊長」と返事をして、深呼吸をした。この部屋から見える青空の向こうで、戦いはまだ、続いている。 ハッピーエンドが微笑んだ |