―――――――― ♪ ♪ ♪ どこからかひどく懐かしくなるような歌が聞こえて、俺は思わず歩くのをやめた。この季節にはあまり似つかわしくないさわやかな歌詞とメロディ。しばらくその歌に耳を傾けていると、どうしてだかあいつのことを思い出した。あれはいまからそんなに昔じゃない過去のこと。高校卒業を間近に控えていた俺にはという名前の女の子、正確に言えば彼女が存在していた。は幼馴染で、俺の良い理解者で、クラスメイトだった。だからもちろん、俺がずっと死神をしていたことも知っていた。はそれを知っていながら、俺を幾度も送り出してくれたし、応援もしてくれていた。いま思えば四六時中そばにいたのに、どうして自分の気持ちに気付くのにあんなにも時間がかかってしまったんだろうと笑いたくなる。告白は確かのほうからだったはずだ。俺はただあいつを傷つけたくなくて、それだけでの告白を受けた。そうしていまにしてみれば形だけの付き合いが始まった。 「 ねね、一護!CDショップ行こうよっ 」 「 またかよ、。ほんと好きだな−音楽 」 「 へへ−。一護より好きだよ 」 「 ああそうかい 」 「 あっ一護拗ねてる?ごめんごめん、冗談だってば− 」 「 そ−かそ−か。さっさと行こうぜ、貴重な時間なんだろ 」 あのとき俺はそんなふうに何気なくをCDショップに押し込んだけど、に「俺より音楽のほうが好き」と言われてほんとうは胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。なんなんだこれ。いったい何に対してイライラしてんだ、俺は。そのときはその気持ちがにあまり好かれていないという言い知れないショックから来るものだと分からなかったけれども、いまなら分かる。ほんとうに、ガキだったんだなあって鼻で笑う。はほんとうに音楽が好きで、部活もブラスバンド部で、まあそれこそ俺以上に音楽が好き、だったんだと思う。くそ、いま思い返してみてもかなりショックだ。そりゃあ俺も少なからず音楽に興味はあったが、仮にも彼女にそんなことを言われるとやっぱりへこむ。まあそういう経験を幾度か繰り返していくうちに、俺はやっぱりが好きなんだと自覚したのが、と別れることになる直前だったのだから、泣くに泣けない。もっとも泣くつもりなんてこれっぽっちもなかったのだけど、やっぱり胸の奥は痛烈に痛んだ。もっと早くに気付いていれば、あんなふうにを手放さなくても良かったかもしれないのに。いまもその思いが消えることは、ない。 「 この歌!一護みたいだねっ 」 「 なんじゃそりゃ 」 「 みんなのために笑ったり、強くなろうとしたり。あたしはそんな一護が好きなんだよ 」 「 … そうかよ 」 「 うん!あっねえねえ照れてる? 」 「 バ!そんなんじゃねえよっ馬鹿っ 」 「 まあまあ照れない照れない。素直に喜んで良いんだよ− 」 「 喜べるかっ 」 「 まあまあまあ。一護、あたし一護のことだいすきだよ! 」 「 ど−せ音楽の次にとか言うんだろ 」 「 へへ、言わないよ−。きょうはね 」 がいて、音楽があって。いつしかそれが俺たちを取り囲むすべてになっていた。の笑顔の裏にはいつも音楽があって、それを超えられない俺がいる。が音楽を出来なくなってしまってから、俺はそのことにひどく思い悩むようになった。それから半年くらい経ったある日、に泣きながら言われた。「もう…無理だよ一護。あたしたち…もとの幼馴染に戻ろう?」から告白しておいて、なんだそれはって思った。聞くところによると「一護はあたしのこと、そんなに好きじゃ…ないんでしょ?」とのことだった。いったいどうしたらそんなふうになるのか、あのときの俺には到底理解しきれなかった。でも、いまなら分かる ―――――― どうやら、最初のころの自分のに対する態度が原因のひとつだったらしいってことに、気付いたからだ。そうして別々の道を歩むようになって、半年がすぎた。 「 …? 」 「 一、護…?ほんとに一護? 」 「 バ−ロ、こんな髪したやつほかにいねえだろ 」 「 そ、う…だね、ごめんごめん 」 「 久しぶりだな。元気だったか 」 「 …うん、一護は?相変わらず死神業してるの? 」 「 ああ、まあな。ヒマつぶしになるし…気も紛れる 」 「 そ、か…ごめんね 」 「 なんでが謝るんだよ、相変わらずなんだなあ…すぐ謝る癖 」 偶然、見入っていたCDショップからが出てきて、正直驚いた。同時に、とても胸が弾んだ。こんな偶然なら何度あっても嬉しいのに、とさえ願った。「アルバム?」「そう!ほら、いま流れてる曲出してるひとがね、アルバム出したの!だから!」あのころと変わらない屈託のない笑みに、ほんの少し寂しさを感じた。いや、感じずにはいられなかった。その笑顔はやっぱり音楽によるもので、俺はやっぱりにそれ以上の笑顔をさせてやれないのだと落ち込んだ。だけどいまに逢えた、その出来事は素直に嬉しい。しばらく言葉に困っていたらしいが、ぎこちなく口を開く。 「 これ、一護にあげようと思って 」 「 きょう逢えること、分かってたみたいな口ぶりだな 」 「 ふふ、だってここ一護の通学路だもん。あたしの幼馴染のカンをなめられちゃあ困るよ 」 「 幼馴染のカン、ねえ…ってこれ、のお気に入りのCDじゃねえか。シングルか? 」 「 そうだよ。ほらあのとき、あたしがこの歌、一護のことみたいだねって言ってた歌だよ 」 「 そりゃあお前、分かってるけど…なんだって急に寄こすんだよ? 」 「 あれ?迷惑だった?じゃあ返してもらうよ? 」 「 なんでそうなんだよ、そもそも誰もいらね−とか言ってねえだろ 」 そう言って、俺が少し乱暴にがカバンの中に引っ込めようとしていたシングルCDを受け取ると、しばらく眼をぱちくりさせていた彼女がふふっと笑った。少し大人びた笑い方に、とくんと胸が高鳴った。やっぱり俺は、のことがすきなままなんだなあなんて思いながら、さっきのように鼻で笑ってみたりした。「なあに?何かおかしかった?」「いんや、なんでもね。ありがとな」「…うん。あっもう行かなくちゃ、バイトの時間なの」「そっか…がんばれよ」「うん、ありがとう一護」がそう言って、するりと彼女の手がほどける。「あっ…なあ!」「ん?なに?」「幼馴染なんだしさ、たまには連絡くらい…寄こせよ」「命令形なんだね−。分かった分かった、そんな怖い顔しなくてもこれからはちゃんと連絡、っていうか近況報告くらいはするよ!一護も早く、良い子を見つけるんだよ!」はそう言って余計な一言を付け加え、颯爽とこの場から立ち去った。「馬−鹿、お前意外に良いヤツなんかいね−よ」のいなくなったほうを見つめて、俺はまた笑った。でもさっきまでとは違う ―――――― あの歌と同じさわやかな気持ちだ。俺は少しまえににもらったCDに眼を落して、それを押し込むようにカバンの中に入れた。いまならあの歌が好きになれそうだと、心が弾んだ。 透き通った夕べ |