きょうも、一護がいない。まるで最初からそこにはいなかったみたいな ――― ううん、一護だけじゃあない。あたしの友達の織姫や、茶渡くん。それから、あんまりお話はしないけど、クラスメイトの石田雨竜くん。異変は、それだけじゃなかった。たつきも、一護を取り巻く仲間たちはみんな、どこかおかしい、と言うよりよそよそしいと言ったほうがこの場合、ふさわしいのかもしれない。そしてそれは、みんながいちばん良く分かっていることだと思ってる。あたしも、少なからずそんなふうに感じることがあるから。


「 ――― フウ」


思わずもれるため息に、ため息が重なる。空はきのうとそれほど色を変えず、穏やかに晴れ渡っているというのに、心の中にはどんよりと雨雲が淀んでいるようだ。一護たちが学校を休みがちになったのは、霊媒師がテレビ撮影のために空座町 ――― この街にやって来てからだ、というのもとうの昔に自覚している。「 あの 」異変が、間違いなくあたしたちを、あたしたちの運命を、大きく動かした。あたしは自分の手のひらを見つめ、ギュッと握りしめた。無意識に、眉間にしわが寄っているのが嫌でも分かった。


――― キ−ンコ−ンカ−ンコ−ン…


「なあにため息ばっかついでんだ、?」
「ひあっ!? い…いち、ご?びっくりしたなあっ!」
「はは、わりわり。お前の声を聞けばどんだけ驚いたかなんてすぐ分かるさ…悪かったな」
「う、ううん!それより久しぶりじゃん、一護。元気にしてた?」
「ん?ああまあ、それなりに…な。おまえは?」
「ん?あたしもまあ、それなりだよ?そうだ、いままでのノ−トとかプリントは、遊子ちゃんに預けてあるよ」
「そ−か、サンキュ。なんつ−か、おまえには助けてもらってばっかりだな」
「そ、そっかな?あたしは幼馴染として当り前なことをしただけで…」


「それがありがて−んだよ、馬鹿だなあ」「な!ば、馬鹿は言い過ぎ…ッ?」わしわしと頭をなでられ、思わず言葉を飲み込む。そのときの笑顔が、あまりにも優しくて ――― 優しすぎて、あたしは思わず自惚れてしまいそうになるのを感じた。いまの言葉は冗談なのだと証明するには、十分すぎる行動に、あたしはやっぱり何も言えなくなってしまう。


「そ−だ、。きょういっしょに帰ろうぜ!部活ねえんだろ?」
「え!ええ!うん、だけどどうして…部活ないって…?」
「井上に聞いたんだよ。たつきもそばにいてさ−、世話ンなってばっかじゃダメだろって言われちまって」
「…そ、っか」
「それに、きょうはどうしてもやっておかなきゃならないことがあるんだ」


「そう?…分かった、じゃあ放課後、校門のところで…ね?」あたしが戸惑いがちにそう言ってみれば、一護はいつもと変わらない何食わぬ表情で「ああ!約束な!」なんていう、とても珍しい言葉を言った。あたしと一護は、よほどのことがない限り≪約束≫だとか≪絶対≫と言う言葉を使ったりはしない。叶わないこともあるし、そもそも絶対なんてあり得ないことを、ほかの誰よりも分かっているつもりだからだ。


「一護…しばらく見ない間にたくましくなったみたい…それに…」


それに、きょうはじめて≪約束≫っていう言葉を、一護から聞いたような気がする。それはすなわち、絶対的にきょうでなければならないという決意があるからだと、あたしは気付いていた。そしてそれは同時に、今度はまたいつ逢えなくなるか分からない、ということを意味している。だからあたしは≪キライ≫なんだ ――― 「約束、なんて…」相変わらず晴れ渡っている昼下がりの青空を仰いで、あたしはほんのちょっと目をすがめた。いまのあたしにこの光は、あまりにも眩しすぎるみたいだ。


「よお!遅かったな」
「一護…?待っててくれたんだ」
「当り前だろ?おまえとの約束、破るわけにはいかね−し…帰ろうぜ?」
「う…うん…そ、そだね…」


あたしは目を瞬きながらも、ちょっとだけ俯きがちに歩いた。一護の背中は、嫌いじゃない。だけど、あのときみたいな寂しい思いをするくらいなら、いっそ見ないほうが良いんだ。だけど、あたしの表情を見たらきっと不審がるに決まっているから、隣に並ぶわけにもいかない。だから今度は思い切って、一護のまえを歩いてみた。そうしたら、なんだか心がすうっと軽くなったような気がして、不思議だった。



「…なに?」
「いつも、ありがとな。夏梨たちの世話とか…昼間言った授業のこととかもそうだけど」
「良いって、そんなことは。あたしたち幼馴染でしょ?いらない気は遣わないの」
「…ああ、サンキュ。にしてもお前、たつきなんかとは違うんだな」
「え…たつき、が…どうかしたの?」
「なんでもね。そうだ、お前きょう誕生日だっただろ?…その、オメデトウ」


「!覚えてて…くれてたの?」「ったりめ−だ。幼馴染だろって言ったのはおまえだろが。ほれ、やるよ」ほんの少し乱暴に放り投げられた、小さな包み。きれいにラッピングされたその包みの中には、ごつごつしたものがいくつか入っていた。「中…見ても、良い?」「良いけど、手紙は帰ってからにしてくれよ、頼むから」「うん、分かった」あたしはそう言って頷いて、ガサガサと包みを開いてみた。中身は ――― なんとも学生らしい。ノ−トと、ボ−ルペン。そして、一護が言ったとおり小ぢんまりとした手紙が入っていた。


「あり…がと…?でもなんで文房具…?」
あのノ−ト、おまえんだろ?だからその…お礼っつうか、お返し」
「さしずめ、ボ−ルペンは埋め合わせってとこ?」
「…まあな。おっと、ついたな!じゃあまたなっ!」
「あ…ま、って、一護っ」


「…なんだよ?」眉間にしわを寄せた一護が振り返り、あたしはふと我に返った。あたし…なんで、呼びとめたんだろう?とにかく、呼びとめたんだから何か言わなくちゃ ――― そんな思いに急かされて出てきた言葉は ――― 「無理、しないでね…?」だった。やっぱり、一護も不思議そうな顔してる。ほんのちょっとの間のあと、一護はいつもの笑みを浮かべて「ああ!分かってるって!じゃあ、またな」と言って、自分の家である黒埼医院の中に入って言った。自宅に戻ったあたしは、何気なく手紙を開いて、思わず笑みがこぼれた。Happy Birthdayと乱雑に並べられた英語と、≪心配いらね−から、そんなカオすんな!折角の誕生日だろ≫と言う、なんとも一護らしい文章だった。


「あり…がと…一護」


ここからじゃまだ遠い