「生きてたら…あたしと同じ歳…だね…」


墓前に添えた白い花が、風といっしょにふわふわ揺れて、またひとつ小さなこの胸を締め付けた。この世界には≪姿なき者の姿が見える≫と言う人がいるらしい。あたしはすごく、その人たちのことがうらやましく思った。あたしも、見えるようになりたいって、心の底から願った。そうすれば、そうすれば ――― 「君にも、…っ逢えるかもしれないのに、ね…」つぶやくように吐きだした言葉は、だけれど風の中にかき消えるように溶け込んだ。君を思い続けて、もう何年 ――― いや、何十年がたとうとしているんだろう。いまではもう、その時間を数えることさえ苦しくて、切ない。


「    」


いまは亡き者の名を、口にする。もはや、ほんとうにその名がその者の名であったかも、定かではない。だけど残された記憶の、残された断片 ――― 唯一心に残された、君の輪郭。導かれるように、あたしは河原にやって来た。お墓参りの、日課のようなものだ。あのころはいつも、隣に君が座ってくれていた。











−、なんだ、ここにいたのか」
「えへへ−、だってここ涼しいんだもん。こっち来てすわんなよ?」
「はいはい」
「あれっ珍しい。素直だ?」
「るっせえな、座れって言ったのおまえだろ。それとも帰って良いのかよ」


「だ、ダメデス!」あわてて腕をつかみ、半ば強引に座らせる。だけれど彼はいつものように、小さくため息を吐いて、ほんのちょっと困ったようにほほ笑んだ。これが、あのころのあたしたちの日常だった。あたしの大好きな、ありふれた日常のひとコマ。「思ってたんだけどさ−、って俺が怖くねえの?」不意に、石投げをしていた彼があたしのほうを振り返った。「どうして?怖くないよ?先生に何か言われた?」「…お前、髪のこと言ってんのか」「分かってるじゃない」「あのなあ、これは地毛だ。お前だってそうだろ」「そ、そうだけど…」ちゃんと答えようと思っていたのに、あの人があまりにもきれいに笑うから ――― あたしはまた、何も言えなくなってしまった。


「俺が…良い人、だからか?」
「ほえ?…どういうこと?」
「え−とな。お前にとって俺が、助けてくれた良いヤツだから怖くねえのかって言ってんだ」
「ん−そうだねえ…いちばんの理由はやっぱりそれだけど」
「なんだよ?」
「やっぱり、怖い人には見えないから…君は。なんていうのかな…?根っこがね、すごく優しい感じがするの」
「…変なやつ」
「あはは、君には言われたくないなあ。まあ、良く言われるんだけどね」


「お前なあ」あきれたようにため息を吐く。そしてその次には、ぽんぽんって、優しく頭を撫でてくれるんだ。あたしはそれがとても嬉しくて、嬉しくて。心の底では単純だなあなんて気付いていながらも、それでも良いやって思ってしまう。あのときからあたしは、どうしようもなく世間知らずで、愚かしいほどに、恨めしいほどに、無防備だった。「不思議だな」何かを思い出したように、君が言った。「なにが?」「といると、いろんなモンがどうでもよくなるんだよ」「それってあたしが馬鹿ってこと?」「…違うだろう。いやまあ、半分は違わないけど」わざと訂正したな、て言うのが分かるくらい、君の視線が泳いでいたから ――― あれは、あの言葉は、君なりの優しさだったんだと、いまなら分かるよ。


「なあ」
「ん、なに?」
「じゃあさ、いつになったら俺の名前、呼んでくれるんだ?」
「 ――― あ、」
「逢ったときに名前、教えただろ?それなのに名前呼んでくんね−のは、そういうことなのかなあって思ってさ?」
「ち…違うよ、違うよ!ぜんぜん!そんなんじゃないよっ」
「おま、何いまにも泣きそうな顔してんだ」
「だ、って、だって…そんな、言い方っ。馬鹿っ」
「おい。そんな力いっぱい否定すんなって、分かったから。川に落ち…言わんこっちゃねえ」


忠告を受けるよりも早く、あたしは盛大に川の中に落ちてしまった。浅すぎず、深すぎず、そんな感じの川だったから、泳げないあたしにとってはほんとうに不幸中の幸だった。だけどやっぱり盛大に濡れてしまって、あたしたちは声を上げて笑いあったんだ。これが、はじめての会話。君と最初に出会ってから ――― あの夏祭りの日に出会ってから、はじめての会話、だったね。あのね、君の名前を、呼ばなかったのは ――― ううん。呼べなかった、のはね。君への気持ちに、気付き始めていたからなんだよ。≪好き≫って気持ちに、気付いたからなんだよ ――― ねえ、冬獅郎くん。


詳細は遺書による