最近、俺の部下 ―― の様子が変だ。変、と言うより何かがおかしい。 本人は普通に接しているつもりでも、どこか挙動不審で、紡がれる言葉も頼りない。 いままではこんなこと一度だってなかったはずなのに、どうしたっていうんだ・あいつ。松本に聞いてみても、あいまいにはぐらかされただけだし、っとに良く分かんね−。 そう言えばあいつ、俺が頼んでおいた書類を六番隊に届けている最中だったな…そんなことを考えていたら、なぜだか松本と目が合った。 「どうした、松本」 「いいえ?体長、なんだか楽しそうだな−と思って」 「テメェ松本…どこをどう見たら楽しそうに見えんだ。さっさと仕事しやがれ」 「はいはい分かってますよ−だ。ほんとうに、素直じゃないんだから体長は−」 「…は、」 何が言いたい、と続けようとして、身動きが静止する。立ち上がった直後に、ごちんというなんとも鈍い音が、頭上から聞こえたためであった。 そうして俺は、恐る恐る眼下を見下ろしてみた。なんというか、そこにはやはり間抜け面をしたがしゃがみこんで鼻骨を押さえていた(そんなに痛かったのか…)。 さすがに申し訳なく思えて、俺は執務机から席をはずして、の顔を覗き込んだ。「大丈夫か、」声かけにも、返事はない。 「、おい?」 「…ないでください」 「は?」 「見ないでください−!」 「は?おい、どこ行く…」 すくっと立ち上がるなり、は顔を見せまいとするかのように、顔を隠しながらどこかへと立ち去った。わけが分からず立ち尽くしている俺を見かねた松本が、 出番とばかりによいしょと腰をあげ、「四番隊ですよ、おそらくね。ちょっと様子見てきますんで、隊長はここにいてください」と満面の笑みでそう言った。 「松本…お前仕事サボりたいだけなんじゃね−のか…」俺があきれたふうにそういうと、松本はわざとらしくちちち、と指を振って「男性に見られたくないことだってあるんですよ」と分かりきったふうにそういった。 「なんじゃそりゃあ?」 「そんなだから体長には行かせられないんです−。様子見たら戻って来ますから」 松本はそう言って、心なしか足取りも軽く、十番隊を出て行った。どうしたら良いか分からない俺は「なんだってんだまったく…」と愚痴をこぼすに落ち着いた。 そうして松本は宣言どおり、ものの30分足らずで十番隊に戻ってきた。戻るなり松本は「処置も終わりましたし、の許可ももらいましたから大丈夫ですよ」と開口一番にそう言って、自分の後ろを指差した。「なんだってんだ?ほんとに…」そう言いながらも、の様子が気になっていた俺は大人しく詰所を立ち去る。松本の「行ってみれば分かりますって」と言う言葉を背に聴きながら。 「…?」 「…隊長のせいです」 「いや、そりゃ分かってんだけど…もしかして、」 「ああもう!そうですよ、鼻血です。でもこんなとこ格好悪くて見せられるわけないじゃないですか」 救護室に入るなり、俺の姿を見つけたは顔を真っ赤にしてそう反論した。いや、その様子はとても可愛らしく微笑ましいのだけれど、負傷した部分がそれをことごとく覆す。 けれど ―― こうなってしまったのも、自分の不注意でしかないのだから、何も言い返すことは出来ない。いや、そんなことよりも。 「悪い…、」 「もう良いですよ、気にしてないです」 「そのことじゃない…ほんとうに悪かった、」 「隊長…?」 きっといまの自分の表情は、だらしないくらい歪んでいるかもしれない。ひょっとしたら、いまにも泣き出してしまいそうな顔をしているかもしれない。 それでも良い・と思った。自分は相応のことをしてしまったんだから。戦闘訓練をつんでいるとはいえ、は少女、女の子なのだ。はそれでいて優しいから「気にしなくて良い」と言ってくれたけれども、本人が気にならないわけがない。を、傷つけた。傷つけたのは、ほかの誰でもない自分だ。 「に…傷をつけちまった。女の子なのにな…悪い」 「隊長…もう良いです。顔を上げてください」 「、」 「そのお気持ちだけで十分です。それより隊長が不在では、ほかの隊員も心配してしまいます」 「…ああ、分かっている」 「隊長…」 の瞳が、優しく細められる。「大丈夫ですから、行ってください」そんなふうに訴えているみたいで、俺の心臓はどうしようもなく苦しくなった。 こんなときに俺は ―― に触れることも、安心させてやれる言葉すらも、紡ぎ出せない。伝えたいのに、届かない。ただそれだけが、こんなにももどかしい。 ▽ ▽ ▽ 隊長の様子が、変だ。どこがどう、と言われると答えに困ってしまうのだけれど、とにかく変だ。 さっきまで眉間にしわを寄せていたと言うのに、いまはなんだかこれまでの威厳そのものがうそのように、頼りなく ―― 少年のように見える。 あんなにも頼りない、いまにも泣き出しそうな顔をしたところを、はいままで一度だって見たことがなかった。 「隊長…、」 いまはもういなくなった人物の名前を呟いて、はひとり救護室でその人物のことを思った。思うだけで、心の中が暖かくなるような気がした。 あのとき、ほんとうは――「行かないで」と言いそうになったけれど、やめた。やめた理由は、分からない。分からないけれど、いますごく後悔してる自分がいることに、酷く驚いている。 ふたりのこの思いが恋であることに気づくのは、まだもう少し先のお話 ちぐはぐでまだらな気持ち |