「シロ−くん!やっぱりここにいた!なにしてんの−?」 「…なんだ、オマエか」 「なんだとはなによ−。ひとが折角、桃ちゃんいなくて寂しいだろ−と思って来てあげたのに」 「頼んだ覚えはね−よ。つ−か別に寂しい思いなんざしてねぇよ」 「ふ−んだ。シロくんの意地っ張り!」 オレが木の上で日向ぼっこを兼ねた昼寝をしていると、おなじ地区に住むが、ひょっこりと顔をのぞかせた。 一瞬驚きはしたものの、雛森が毎回似たようなことをしてくるもんで、いまはさほど脳裏に感じる衝撃は減って来ていた(長年の経験って、時に恐ろしいものがあるとオレは思う) オレがそんなことを考えている間にも、は幹の根っこにちょこんと座り込んで「良い天気だねえ」などと能天気に呟いている。 「…あのね、シロくん」 「…んだよ」 「わたし、死神になろうと思うの」 「…ハ?死神、って…死神?桃みたいに?」 疑心暗鬼でそう尋ねると、は少しだけ生真面目そうな顔を自分のほうに向けてゆっくりと頷いた。「オマエまで行くとか言うのかよ」言ってしまったあとで、 オレはハッと口をつぐんだ。これじゃあ、行くなって言ってるようなものじゃないか。寂しいって、言ってるようなものじゃないか。 だけどは笑うでもなくからかうでもなく、ただまえだけを ―― おそらくは護廷十三隊のある方角を、真っ直ぐに見据えて頷いた。 「本気、なんだな」 「うん。さっき、お家のみんなにも話して来たところ。出立は…あした、かな…」 「あした?なんでんな大事なこと黙ってたんだよ」 「そしたらきっと…シロくんにもっと寂しい思いさせちゃうと思って…桃ちゃん出てったばっかりだし」 「バッ!だからオレはぜんぜん寂しくなんか…!」 「声、震えてるよ」 に言われて、我に返った。そういえば、は妙に鋭いところがあるのを、いまさらながらに思い出した。不意に、空気がくすりと揺れた気がした。が笑っているのだ、と遅れて気づいたオレは、むくりと上体を起こして、の隣に並んだ。何故だか、離れるのが少しだけ名残惜しく感じた。 桃のときはこんなことなかったのに ―― こんなに、名残惜しいと思うことはなかったのに。こんなふうに思ってしまうのは、どうしてだろう? 「そ−だ、シロくん」 「だからその変な呼び方は止めろっつってんだろ」 「だって呼びやすいんだもん。…ハイ」 「んだこれ?…金平糖?」 「うん。たまたま来てた死神さんに聞いたんだけどね、きょうは現世でいうばれんたいんっていう日なんだって」 「へ−ぇ?んで、なんで金平糖なんだ?」 「ばれんたいんの日には、すきなひとにチョコっていうのをあげるみたいなんだけど…。 ここにはそんなものないでしょ?だからその代わりに…っていうかシロくん、甘いのだめなんだっけ」 「あ−、まあな」 「そっか…何も考えずに買っちゃったから…ごめんね、やっぱりいらなかったかな?」 不安そうに首をかしげると手のひらにある金平糖の包みを交互に見比べ、ふっとばあちゃんの顔がよぎった。そうしたらなんだか笑みがこぼれて、 オレはに「いんや、んなことね−よ。食べきれなかったらばあちゃんと分けるし。あんがとな」とお礼を言った。するとは「そっか」と、 ほんとうに嬉しそうな笑顔を浮かべて、安心したように胸を撫で下ろしていた。は、優しい。だけは、何があってもオレを拒絶したりはしない。 それが何よりも嬉しくて ―― だから、さっきオレが名残惜しく感じたのも、勘違いなんかじゃないのかもしれない。 そうだと思っていたから、オレはのほんとうの気持ちにも、オレ自身の心の奥に眠っていたへの思いにも、気づけなかったんだ。 ほんとうの気持ちに気づいたのはが死神の学校へ入ってからだいぶ後の話になるが、とにかくこのときのオレはそんなふうに思ってた。 「…冬師郎、」 「は?」 「あ…ごめんね。なんでもないよ、忘れて?」 「…そうか?」 「うん。時々、桃ちゃんといっしょに遊びに来るよ。シロくんに会いに」 「…ああ」 「シロくん。わたしは…桃ちゃんと、わたしは。 何があっても、シロくんの味方だから、ね。これだけは、覚えていてね?」 「…ああ。分かった、考えておく」 「ほんっとうにシロちゃんって素直じゃないよね−見たまんま!」 「どういう意味だ、てめぇ」 「ははは、冗談冗談。シロくんっておもしろいなあ…じゃ、元気でね」 「…ああ。あ!あのさ、」 すたっと、地面に着地したところで、が「うん?」と言いながらくるりと体の向きを変える。オレはいま、いったい何を言うつもりでを呼び止めたんだろう。 やっぱりオレは、を引き止めたいのだろうか?だけはそばにいてほしいと、そう思っているのだろうか。そうだとしたら ―― 、そうだと、したら ―― ? オレは、その先を考えるのが何故だか恐ろしく思えて、意図的に思考回路を断った。そうして、自分を見上げたままのに「…んでもねぇ」と言い放った。 するとは少しだけ寂しそうに笑みを浮かべて「そっか。じゃあまたね、シロくん」と嫌味っぽくそう言って、いつものおどけた調子で舌を出して見せた。 このときオレは、気づいたのかもしれない。が遠くへ離れてしまうと思ったとき ―― そばにいて欲しいと、願ったあのとき。だけどいまは、黙ってを見送ろう。 「は…雪、みたいだな…粉雪みたいだ」 のいなくなったほうを見つめて、そう呟いた。触れるだけで、すうっと消えてしまいそうな雪。時には強く、時には優しく周囲を包み込むように降る粉雪。 オレがはじめてひとをすきだと認識したのは、冬の寒さが身にしみる季節。そして、すきになったのは粉雪みたいなひとだった。 春 に は ま だ 程 遠 い |