現世への出動要請が出て、早数日 ―― わたし、は日番谷隊長の命で代行組のみんなとは違う路線から、破面たちの足取りを追っていた。

「ふぁ…それにしても寒いなあ。眠くなっちゃうよ」

少しだけ身震いをして、暮れていく空座町を眼下に見下ろす。突如、空間が裂け空に黒いひびが入る ―― あれは、メノス! それも、一体や二体だけじゃない ―― 少なくとも、五体はいる。それだけの数の、霊圧を感じる。反射的に、刀に手が伸びる。 かたかたと、鞘に触れる手が震えていることに気づいた。そう、わたしはメノス級以上の虚と戦うのは、これが二度目だ。 初めてじゃないのにまだ慣れていないっていうのはおかしな話だけれど、慣れないものは慣れないんだから仕方が無い ―― だけど、やるしかない!

「…行くよ、」

深く深呼吸をして、自分の刀を握り締め、鞘からそれを引き抜く ―― これは、破面との戦いじゃない。恋次たちみたいに、限定解除は使えない。 二体以上となると、わたしのこの限られた霊力で何処まで持つのか、それは計り知れない。けれども目のまえの「敵」を野ざらしにしておくわけにはいかない。 わたしはもう一度深呼吸をして、まえを見据える ―― そして、瞬歩で相手に近づき、少し離れた位置から卍解を放つ。霊圧同士がぶつかり、空気が震える。 あ ―― きっといまので、わたしが戦闘してるって気づかれただろうな。そんなことを考えていたから、簡単に相手に弾き飛ばされてしまった。

「いたたたた…よ、くも…!」
「余所見してっからだ、馬鹿野郎」
「ひ!日番谷たいちょ、」
「なんつ−顔してんだよ。ほら、立て!次が来っぞ」

言いながら、日番谷が手を伸ばす ―― 気づかれるとは思っていたけれど、こんなにも早く来てくれるなんて。 わたしは驚きを隠そうともせず、差し出してくれた日番谷隊長の手のひらを握り締め、立ち上がる ―― とても楽に、立ち上がれた。 逆に日番谷隊長は一瞬ふらついて、バランスを崩しそうになる。瞬時に、わたしの肩で自分の体を支え「あっぶね」と体勢を立て直す。 触れた肩が、熱を帯びているみたいに熱い ―― 離れていく手のひらを名残惜しく思いながら、日番谷隊長を見つめる。

「しっかりしろ、
「え…あ、はいっ。すみません」
「ま、俺もひとのこと言えた義理じゃねえがな」

余裕ないのを隠そうとするかのように、日番谷隊長は笑顔を浮かべた。ああ、ほんとうはこのひとも余裕なんて、ないんだ。 いつも「何か」で頭がいっぱいで、いろんなことが頭の中をぐるぐるしてるんだ ―― 隊長がみんなそうなのか、日番谷隊長だからなのかは分からないけれど。 わたしは刀を握りなおし、日番谷隊長よりも少しだけまえに出て「ここはわたしに任せて、隊長は持ち場に戻ってください」と言った。 そうしたら、日番谷隊長はあきれたようにため息を吐いてわたしよりもまえに進み出て、おんなじように刀を構えて、言った。

「馬鹿野郎。んな震えながら刀構えてる奴ひとりにこれだけの大虚任せられっか」
「…震えてません、」
「緊張してんだろ、無理もねえ。おまえ、まだこいつらとの戦闘二度目なんだしな?」

言って、ニィ、と悪戯っぽく笑みを浮かべる日番谷隊長を見つめ、わたしは「どうしてそんなこと、」と言葉を詰まらせる。 だって、そんなこと誰にも話したことないはずだし、自分でもらすとしても乱菊さんか恋次あたりだけだし ―― もしかして、乱菊さんが? わたしが何かを思い出したような顔をすると、日番谷隊長は「まあそんなところだ」と呟き、また笑みを浮かべた。

「もうぜったい、誰にも戦闘結果話したりしない…!」
「すきにしろ−。ま−そのときは直接に聞くけどな。とにかくおまえは下がってろ」
「な…!ぜったい話しません!ていうか隊長こそ下がってくださいよ」
「意地張ってる場合じゃね−だろ、敵は待っちゃくれねえぞ」

日番谷隊長がそう言ってすぐに、二体の虚が同時に攻撃を仕掛けて来た ―― 日番谷隊長は分かれるぞ、と言い瞬歩の体勢をつくる。 遅れて、わたしも隊長とおんなじように体勢を整える ―― 別れ際、日番谷隊長は「大丈夫だ、おまえは俺が守ってやるから。ぜったいな」そう言って、 空へと姿を消した。どくん、どくん。この胸の高鳴りは、緊張のそれとはぜんぜん違う。緊張のどきどきと意外なことを言われた、そのどきどきが、 相殺しようとするようにわたしの心の中に静寂を生む ―― 大丈夫、わたしはひとりじゃない。足に力をこめ、空へと溶ける。

「な−にもたもたしてんだよおまえら」
「れん、じ…黒崎くん…あれ?ルキアちゃんは?」
「乱菊とルキアは日番谷隊長の援護に向かった」
「おっまえ、これだけの霊圧感じないなんて相当混乱してんだな」
「な…!混乱なんかしてないもん!でも…黒崎君も、援護ありがとうね」

黒崎君と恋次はわたしのまえに立って「お−」と片手を振り上げ、刀を引き抜いた ―― なんだろう、いま、すごく嬉しい。 日番谷隊長の言葉とはまた違う。ひとりじゃないっていう心強さがあって、心の中にあったいろいろな不安要素が消えていく。 そうして、日が暮れるころには五体すべての霊圧が消え、わたしたちは日番谷隊長たちと合流するために霊圧の感じるほうへと瞬歩した。

「日番谷隊…ちょう、」
…思ったより梃子摺っちまった。おまえのほうに男二人やって正解だった、な」
「日番谷隊長…が、応援要請、を…?」

「ああ」 ―― そう言ったのは目のまえにいる日番谷隊長ではなく、わたしの隣にいた黒崎君だった。 彼らの話によると、いちばんにわたしの霊圧を感じた日番谷隊長が「俺が日没になっても戻らなかったら応援を頼む」と、乱菊さんに言伝を残していたそうだ。 日没までにはまだ時間があったが、暇をもてあましていたらしい男二人が「参戦しちまおうぜ」と言い出したことを発端に、総勢四名が応援に加わることになった、ということらしい。

「さ、用事も済んだことだし、みんなで織姫呼びに行くわよ!隊長を治してもらわなくっちゃ」
「は?みんなで?ひとりで十分だ…いでででで!何すんだよ松本!」

くいっと指をさすその先には、わたしと日番谷隊長の姿があって、ああ、乱菊さんはわたしたちに気を遣ってくれたんだなと思った。 ほかの三人も同じ事を思ったんだろう、それもそうだな、という黒崎君の言葉を最後に、彼らは井上織姫ちゃんのところへ向かった(ありがとう、みんな)

「隊長…また、ご無理をなさったんですね…」
「無理なんかしてね−よ。普通だろ、普通」
「こんな…ぼろぼろになってて…無理してないって言えるんですか…」
「何泣きそうな顔してんだよ。無事だったんだから、良いじゃねぇか」

終わり良ければすべてよし ―― そういうことが言いたいんだろう、弱弱しくも笑みを浮かべる日番谷隊長を見つめながら、わたしはとうとう泪をこらえきれなくなった。 「なんだ、やっぱり泣くほうか」不意にそんな声が聞こえ、わたしは「へ」と間抜けな声で返した。 すると日番谷隊長は屈託のない笑みを浮かべたまま「や、は泣くほうか怒るほうかどっちなんだろうなと思ってよ」そう言った。

「何、考えてんですか…隊長の人でなし」
「泣き止んだな、
「え…?あ、ほんとうだ…不思議…」
「よ−し、落ち着いたところで井上織姫んとこ行くか。浦原喜助んとこでも良かったんだけどな、俺は」

さっきまでの笑みを引っ込め、今度はいつものようにやれやれといった調子でゆっくりと重たい腰を上げる。 今度は本心からだろう、とわたしは思いながら、立ち上がる日番谷隊長を支える。隊長は「さんきゅ」とだけ言って歩き始めた。 しばらくの沈黙 ―― けれどもその沈黙を絶ったのは、わたしのほうだった。

「隊長…さっきは、ありがとうございました。嬉しかったです」
「んあ?何がだ?」
「守るって言ってくれて…すごく、力になりました。
 黒崎君たちが来てくれたことも嬉しかったですけど…それよりもずっと嬉しかったです」
「そっか。なあ
「はい?なんですか日番谷隊長」

不意に、日番谷隊長の息遣いが近くに感じたかと思うと彼はわたしの耳元で「それ、なんか告白みたいだぜ」なんてことを言い出した。 隊長の顔が離れるとともに、わたしの顔はおかしいくらいにかああ、と耳まで真っ赤に染まっていった。すごく、すごく、恥ずかしい。

「素直なのも良いけど、素直すぎるっていうのも考え物だよな」

追い討ちをかけるようにそういう日番谷隊長を、これほどまでに殴ってやりたいと思ったことはないだろう。隊長を殴るなんてそんなこと、恐れ多くて出来っこないだろうけど。 太陽はすでに沈んでいて、あたりはすっかり闇に包まれていたけれど、寒さを感じることもなく、わたしたちはただゆっくりと、おんなじ歩幅で歩いていた。

キャラメル・ブラウン・シュガ−