どうして、どうして。情けないこの脳内で繰り返されるのはただ、その言葉だけだった。





目の前の光景を、信じたくなかった。疑いたくて、たまらなかった。だって、受け入れられるわけないでしょう? あのガイが ―― 21歳の彼が浮かべた笑顔はさわやかで、だけどそれでいて大人びていて。みんなが「お人よし」って口をそろえるくらい優しくて、 だからこそみんなにも信頼されていたあのガイが、仲間だったわたしたちに、刃を向けている・だなんて、信じられるはず、ないでしょう?


「なにが、いっしょに世界を救おう ―― だ。こんなの子供だましだ」
「ガイ、お前…っ。自分が何してるのか分かって、」
「ああ、もちろん分かってるさ。わがままで卑屈なル−ク…いや、ほんとうの名前は " 無い " んだったな…可哀相に」


分かってるのか ―― ガイはそう続けようとしていたであろうル−クの言葉を最後まで言わさず、冷たい瞳でそう言い放った。 わたしは、足の震えを押さえるので一生懸命で、負傷を負った仲間たちを見つめることすら出来なかった。だって、そうしたら絶対、「あのガイがやったんだ」って言う事実を思い知らされてしまうもの。 「お前…っ!」ル−クの、苦悩ににじんだ声が耳の奥でこだまする。不意に、ガイの冷たい瞳と目が合って、の鼓動は大きくどくん、と脈打った。苦しい、苦しい ―― お願い。そんな瞳で見つめないで、いつものあの穏やかな笑顔で笑って(お願い、だから)。


「…
、逃げろ!ガイはもう、俺たちの知ってるガイじゃないんだ…!」
「ルーク…ガイ…、どうし、て…」


六神将の ―― ロ−レライ教団の制服を身にまとったガイが、少しずつ近づいてくる ―― 歩み寄る。はル−クの言葉に頷くことも、ガイを拒絶することも出来ずに、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。 まだ、頭が現実についていけていない。そのことをこんな形で理解するだなんて、夢にも思ってみなかった。 わたしの中ではまだ「これは夢なんだ」って叫んでる。そう思っていたいって、願ってる。だけど、だけど ―― (それすらも、夢でしか・ないんだね、ガイ)。


「ガイ…、ガイ、ガイ…、ッ」
「ああ…そんなに呼ばなくてもちゃんと聞こえてるよ、
「これは夢…夢、なんだよねガイ、」
「そうだな、もし仮に夢だとしたら…このナイフで傷つけられたとしても、痛くないはずだよな」
「ねぇ…ガイ。わたしたち…」
「仲間…だったな。少なくとも俺は、をそれ以上の気持ちで見ていたけれど」


「…え」時間が、また停止する。ル−クがわたしの名前を呼ぶ声が、意識の遠くで響いている。ねぇ、やめて。そんな瞳で見つめるのは―― " いっしょに来てくれ " って顔をするのは。 ガイは澄んだエメラルドグリ−ンの瞳をに向けたまま、仲間の血がついた短刀の先端部分を軽く舐め、最後にピッ、とその血痕を振り払うと、あんなにもが見たかった、穏やかな笑顔を浮かべた。だけれど、その笑顔はこの状況にあまりにも相応しくなく、そしてとても残酷のように思えて、は背筋が凍るのを感じた。ル−クの「逃げろ、…!」と言う、悲痛な叫びも、ノイズ交じりでかすんで聞こえる。


「ガイ、わたしは…あるいは…こうなることを…望んでいたのかもしれない…」
「なんだ?俺が仲間を裏切って、自分の仲間を傷つけることを、か?」
「いいえ…違うわ。あなたに殺されることを…よ」
「…馬鹿野郎、」
「それくらいに、あなたのことを思っていたと言うことよ…。ほんとうに馬鹿ね、ガイラルディア…」
…」
「どうして、そんな顔をするの?おかしなひと…あなたが望んだことなら、
 わたしはあなたの罪ごと、向こうの世界に持っていくわ。さよなら、ガイ…わたしの…いちばんいとおしいひと…」


は、自分の足元が血で染まっていくのを横目に見ながら ―― その瞳を後悔に歪めたガイラルディアに抱きしめられながら、最後に一言「ねぇ、笑って?」と言った。 「愛してる……」ガイはそういって、その瞳に涙を浮かべたまま、そっと微笑んだ。「分かってるわ…ありがとう、ガイ…」は、最後の言葉を振り絞るようにそういって、瞳を閉じた。 大丈夫よ、ガイ。わたしはあなたの罪を忘れない ―― だけれど、咎めたりしない。あなたのぬくもりを忘れない限り、永遠に ―― ずっと。そう、ずっとよ。


シャンバラへおかえり