「ほんとうのことなんて結局、誰にもわかりはしないのさ」 ずっと ずっと 昔 ―― 悟るように、突き放すように言われた言葉が、いまになってわかるなんて。そのひとがどう思いながらいったのかなんてわからない。だけれど、いまわたしはすごく悔しい思いをしてる。もっと、早くにその言葉の意味を理解していたなら・って、なきたいくらいに後悔してる。 「どうしたんだい?こんなところで…珍しいじゃないか」 「 ―― あなたこそ、珍しいわね。こんな時間に音機関あたってないなんて」 「相変わらず卑屈なんだなあ…、どっかの誰かさんみたいだ」 それはどうも・と言い返して、わたし ―― ・は潮風に吹かれる髪を静かにおさえた。さっきまで騒がしくしていた別荘も、日の暮れすぎたこの時間ではさすがに物音ひとつたたない。「静かだな」ぽつんと、当たり前のことを言って、ガイは遠くの水平線を眺めている。その先には未来が、ルークたちとの明るく楽しい未来が脳内で描かれているに違いない。あのルークが、還ってきた。もう二度と会えないかもしれないとさえ思っていたル−クが還ってきたのだ、当然の摂理だと思う。だけれど、それでもわたしの気持ちはどうしてか晴れない。否、その理由はわかっていた。わかっているはずだった、わたしの身のうちでは。ル−クが還ってきたということはつまり、そういうことなのだ。 「俺、ここに来ないほうがよかったかな」 「どうしてそう思うの?…そもそも、あなたがそんな顔する必要ないじゃない。お節介なのね」 「やさしい・って言ってくれよ。やっぱりきみは連れないんだなあ」 「ふふ、ほめ言葉として受け取らせていただくわ。もちろん、さっきのもその意味で・だけれどね」 「わかっているよ。やっぱりはまだ…ル−クのことがすきなんだな」 やめて、やめて。そんな言葉を聴くたびに、思い知る。わたしの思いはかなわないんだ・って思い知らされる。だから、ねぇ。わたしのことを心配してくれるなら、いますぐにここから立ち去って。ル−クをすきだっていう気持ちごと、持ち去って。あなたの気持ちも知っているつもりだから、そばにいることがなにより寂しいの。なんにも出来ないことがとても、とても、苦しいの。だから ―― ねぇ、ガイ。 「わたしといても、おもしろくもなんともないわよ?」 「構わないさ、俺がそうしたくてここにいるんだから」 「…おかしなひと」 「なんとでも」 あなたはそういっていつもの屈託のない笑顔で笑って、またひとつ、わたしの心を揺さぶった。最近、なんだかだめだ。ル−クがいなくなって心の乱れが落ち着いたと思ったら、あなたの笑顔に揺り起こされる。「すき」って単語が脳裏にちらついて、心がまた揺さぶられる。そのたびにわたしの思考回路は停止して、闇の中に落ちていく。夜の所為でこの真っ黒に染まった、海の底に。「真実の半分は…暗闇の中にある」何かの文献で読んだ、あるいは誰かから聞いた言葉をなんとなく口にして、柵に膝を添えて頬杖をつく。 「なんだい?」 「聞いたことがあるの。…ううん、何かの本で読んだのかも」 「あいまいなんだな。でも、いま旅を終えてなんとなくわかる気がするよ」 「ええ…だからこそ、世の中おもしろいのかもしれないしね?」 そういって、くすっと笑みを浮かべる。だけれど、心からのものではないことくらいわかっていた。最近ずっとこんな調子で、あの鈍そうな陛下でさえも気づいて ―― 気づかれてしまったほどだ(ジェイドや仲間たちはもとより・だけれど)。「きみを見ていると、悪かったころのル−クを思い出すよ」ガイはそういって、くつくつと笑った。だからわたしは自嘲するように笑みを浮かべて「なぁに?わがままだったころのル−クのこと?」と話を焦らした。そうしたら、あなたはやっぱり笑みを浮かべたまま「わかってるんだろう?ほんとうは」と言って、わたしの頭をぐりぐりと撫でた。なんだか子供扱いされてるみたいで、その行為はあまりすきじゃなかったのだけれど、これは彼なりに(わたしを)心配しての行為なんだと思うから、振り払わずにただ、「はいはい」とだけ言ってまたまえを見据えた。波は、穏やかだ。わたしの心とは打って変わって、荒波ひとつたっていない。 「冷えるだろう?そろそろ中に入らないかい」 「ごめんなさい、もう少しひとりでここにいたいの」 「わかった。きょうはありがとな、場所提供してくれて…あいつらも喜んでたし」 「良いわよ、これからが大変なんだものね。そのまえに仲間たちとくつろぐのも良いかなって思ってたのはほんとうだし」 「…なぁ、。どうしたって、きみの心は…、」 ガイがほんの少しだけ近寄って、伸ばしかけた手を引っ込めたのを、わたしは見逃さなかった。その行動ひとつひとつに意味があるって、わたしなりに分かっているつもりだから。気づいて、せめてこのひとが傷つかないように話すようにする。いまのわたしに出来ることは、きっとそれくらいだと思う(正しくはそれしかない・かな)。 「ありがと、ガイ。あなたの気持ちはすごくうれしいわ…だけど、いまはまだ時間が必要だと思うの」 「…すまない。あせるのは良くないって分かってるんだ、それなのに…」 「ねぇ、ガイ?わたし…思ったの。 闇に隠れていたほうが良いこともあるわよね…?誰にも触れられない思いがそれなんじゃない?」 「…。きみはほんとうに、それで良いのかい? ル−クはきみの気持ちを知ってもいまの関係を絶ったりきみを拒絶するなんてこと…」 ガイがひかない程度に、自らの手のひらをガイの顔の近くまで寄せて、はふるふると首を振った。「分かってる」・「だからそれ以上言わないで」わたしの言わんとすることが分かったのか、ガイは少しだけ寂しそうに笑みを浮かべて、「分かった。じゃあ、あんまり遅くならないようにな…」と言ってその背を背けた。その優しさが、せつなくて、やるせない。「ガイ…ごめんなさい」はガイに聞こえないように、ひっそりとそう呟いた。すると、ガイは不意に振り返って、「 ―― 」と穏やかなその声で、わたしの心に波紋を描いた。 「なぁに?ガイ」 「この世界に…いてくれ。俺が願うのは、それだけだ」 「ガイ、格好つけてるつもり?」 はそういってくすりと微笑み、少し見えにくくなったガイの表情を伺おうと、前のめりになった。ガイが、闇に解けていってしまうような気がして、恐怖さえ覚えた。だけれど、伸ばしかけたその手はガイに届くことなく、ちょっとまえのガイみたいにぶらんと力なく空を切った。「行かないで」って言ってるみたいで、情けなくなった。あんなに突き放してしまいたいとさえ願っていたくせに、いざ離れてしまうとなると、とても心細くなってしまう。いとも簡単に、ほどけてしまう。 「…俺はきみの 」 タイミング悪く吹き荒れた風と岸壁にたたきつけられた波音の所為で、最後の部分が聞き取れない。それきり、風が去るとともにガイの足音が聞こえて、は小さくため息を吐いた。ガイは最後に、なんて言おうとしていたんだろう。味方?それとも ―― ?いずれにしても、いまのわたしに相応しくない言葉だったのは確かだったろうと思う。 「ほんとうに…どこまでもお人よしなんだから」 わたしなんかのこと , 放っておいてくれたらよかったのに。 ハーフ・イン・ザ・ダ−クネス |