ここは魔界(クリフォト)。ティアの故郷である、ユリアシティがあるところだ。白い花 ―― セレニアと言う名らしいその花をぼんやりと眺めていると、 「ここにいたんだな」と言う声が背後から聞こえて、もまたそちらを振り返った。「…ガイ」その人物の名を呼び、ふわりと笑みを浮かべる。 いまは音機関の解析待ちでティアの提案のもと、各自自由行動となっている。と言っても、ユリアシティにはそれほどおもしろいものがあるわけではないのだけれど(こんなことを言ったら、ティアに怒られそうだ)。 「こんなところにも花、咲くんだな」 「そうね…はじめて見たとき驚いたわ。セレニア、って言うんですって」 「へぇ…はじめて聞くなあ…」 「ええ…。ところで、ガイはル−クのところにいなくて平気なの?使用人さん」 「おいおい…あのな。まぁ良いや…いまあいつのところにいるほうが逆効果かと思って」 「逆効果?」ガイの台詞を、そのまま聞き返す。そんなに、ガイはゆっくりと頷いて「ひとりでゆっくり考える時間をやったほうが良いかと思ったんだが…」と言って、後頭部をかいた。 それを聞いたは、ああ…なるほど、と得心した。ガイなりに、ル−クを気遣ってはいるのだ。いまはいろいろ言うほうが酷であり、そっとしておくほうが得策だろうと考えたんだろう。 お人よしなガイらしい、とは苦笑した。だからと言って、いろいろ言っておせっかいを焼くよりはまし、と言うことなのだろう。は「そうね」と言ってまた花の群れを眺めた。 「ル−ク…大丈夫かしら」 「さぁなぁ…どうにかなるんじゃないのか?あれだけ煮詰まってりゃあな」 「無責任なのね」 「それは言い過ぎだと思うぞ、。確かに俺にも一旦の責任はあると思うけどな」 「なんでもかんでも手を差し伸べてやるのはどうかと思う、でしょ?」 「分かってるんなら聞くなよ…。さて、俺はここの音機関を見に行くが、はどうする?」 ため息をついたあと、ガイはそう言って目を輝かせた。そして、ガイがわざわざ自分のところへやって来た理由が知れると、もひと思案して、これを了承した。 「も音機関興味あるって、まえ話してたからさ!」ガイはそう言って満面の笑みを浮かべた。「子供なんだから」とボヤキつつ、彼の笑顔の眩しさに高まる鼓動に違和感を覚えていたは、ほんの少しだけガイと距離を置いた。 あのままガイの近くにいたら、きっとおかしなことを口走ってしまいそうだったから。それに、折角音機関を見るのだから、ひとりでゆっくり探索したい、というのがもうひとつの目的だった。それなのに。 「太古の音機関、ね…驚くものばかりだわ…」 「な−!ちょっとこっちに来てみろよ!このワ−プシステム、すごいぞ!」 「…はぁ。なに、ガイ…少しはゆっくり見せてくれても良いじゃない」 そんなの呟きも聞こえない、とばかりにその音機関をまじまじと眺めながら手招きをするガイの姿は、普段の彼からは想像も出来ないほど子供のように見えた。 さすがのもあきれ気味にため息を吐きながら、仕方なくと言った様子でガイに付き合う。譜陣の周りに特殊な音機関を使用しているらしい、音素に反応して特定の物質を特定の場所に転送するためのもののようだ。 「ここの場合だと、外殻大地だな!」ガイはの分析を聞きながら、実に嬉しそうにそう言った。「いま言おうと思ってたのに…」はため息交じりにそう言って、額に指先を添えるような仕草をした。 「でも、よく分かったわね。これがワ−プ機能のある音機関だって…普通のひとが見たら、ただの譜術としか思わないわ」 「普通のひとが見たら、な。だけど俺はこういう音機関を何度か書物で見たことあるんだ、もだろ?」 「まぁ、そうね。ていうか逆にそうでなければ分からないと思うけど…、あら?あなた、めがねなんてするのね?」 「ん?ああ、遮光程度にね。あまりに光が強いときはかけるようにしてるんだ」 の問いにそう答えたガイは、くるりとその譜陣の周辺を一周したところで、ちょうどと対峙するような形をつくった。は「へぇ」と呟くように言って、ガイのめがねを見つめた。 「そ、そんなに珍しいかい?」あまりに見つめてくるに戸惑っているのか、ガイはそんなふうに言いながら眼鏡をはずした(もったいない…)。不意に我に返ったは、「いいえ?ただ、音機関すきにはお似合いだなと思っただけよ」と言って首を振った。するとガイは「そう思うかい?」と、うれしそうにこちらを振り返った。 「え?ええ、そう思うわ」 「そうか…ありがとな、」 「え?ええ…どういたしまして…?」 「どうしたんだい?今度はまでぼ−っとして…疲れが溜まってるんじゃないのかい?」 まじまじと顔を覗き込むようにしているガイに、は再び我に返り「へ、平気よ。珍しいものをたくさん見たから、頭がついていけてないだけだと思うわ…」と言って笑みを浮かべた。 「さてと!そろそろ戻りましょう、解析が終わることだと思うわ!」話題を切り替えようと、そんなふうに話を持ち出す。「あ、ああ」そんなに少し驚いたのか、ガイはそう言ってゆっくりと歩き始めた。 「でも…、残念だな」背後から聞こえるガイのそんな声に、「え…なにが?」といたって冷静に言葉を返す。肩越しだから、ガイの表情なんて伺えない。だけれど、どうしてだか容易く想像出来る気がした。 「もう少し、といっしょに音機関見ていたかったのに…、もうこんな機会、なかなかないかもしれないだろう?」 「ガイ…、そうね。だけれど、そんな顔をしなくても、きっとまた機会はあるわ!ね、ガイ!」 「なんだか…がお姉さんに見えるな…」 「なっ…、こう見えてもわたし、ガイよりひとつ上よ?」 「あはは、それはそれは失礼しましたお姉さま」 高らかな笑い声、眩しい笑顔。そのどれもが容易く想像できて、はもうどうにかなってしまいそうだった。この魔界の空気よりも、あの美しく咲くセレニアの花の群れよりも、 いまはなによりあなたの笑顔が眩しくて、その仕草ひとつひとつがわたしの体中の体温を上昇させてしまうのです。そんな、いとも簡単にわたしの心を乱してしまうあなたが許せないと言ったら、あなたはやっぱり笑ってくれますか? まぼろしは君のなかに眠る |